生物多様性の保全と三番瀬

〜堂本暁子著『生物多様性』に寄せて〜


千葉県自然保護連合 中山敏則



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●生物多様性の崩壊は人類の生存を脅かす

 堂本暁子著『生物多様性』(岩波書店)は、現千葉県知事が1995年に刊行したものである。
 1990年11月、「地球環境・国際議員連盟」(略称:グローブ)の第3回総会に出席した堂本氏は、同連盟の生物多様性の作業部会に加わった。これが、生物多様性との最初の出会いであった。以来、生物多様性を守るために、参議院で質問したり、役所をかけずり回ったり、生態系が破壊されつつある現場へ足をはこんだりした。国際的にも、生物多様性の宝庫である熱帯林を伐採から守る活動などをつづけた。こうした努力の記録を中心にし、生物多様性の重要性をより多くの人に知ってもらいたいと願って刊行したのがこの本である。
 堂本氏は、生物多様性の重要性について、次のように述べている。
 「開発と盗採のために、いまや日本の野生植物の6種に1種は絶滅の危機に瀕している。生物の多様性が急速に失われているのである。日本だけではない。地球規模で生物種は絶滅している。ノーマン・マイアースの『沈みゆく箱舟──種の絶滅についての新しい考察』(林雄次郎訳、岩波書店、1981年)によれば、生物の種の絶滅の速度は、恐竜時代は約1000年に1種、1600〜1900年は約4年に1種、20世紀前半は毎年約1種であるのに対し、1975年頃には毎年約1000種にものぼり、今世紀最後の25年間に100万種、平均して毎年約4万種が絶滅すると推定されている。温暖化が進めば、これがさらに加速される可能性もあるので、究極的には人類の生存すらも脅かされかねない。多様な生物が織りなす自然環境なしに、人間は生存できないからである。地球上に生命が誕生してからおよそ40億年にわたる進化の結果、多様化が進み、現在では生物の種の数は500万から1000万種、さらに多いと主張する人は3000万種にのぼるという。そのなかで、人類が発見し、記録している種はおよそ150万種にすぎない(『沈みゆく箱舟』)。生物の多様性とは、地球上のこうした豊かな植物、動物、微生物などの生物種、さらにこれらの生物の遺伝子の多様性と生物が構成している生態系の多様性を意味する包括的な概念である」
 「なぜ『生物多様性』が21世紀のキーワードになるのか。生物多様性が崩壊する、つまり大変な数の生物種が絶滅すると、人間の生活への直接の影響がいたるところに出てくるからである。それはすでに始まっているのだが、生物多様性の崩壊が原因だとほとんどの人が気づいていない」


●生態系を破壊する公共事業をきびしく批判

 大切な生物多様性を地球規模で守るため、また、美しい日本を次の世代に引き継ぐために、堂本氏を旺盛に活動をつづけた。国連でのアピールをはじめ、1992年地球サミットでは生物多様性条約の採択に奮闘した。さらに、この条約を日本政府が批准するよう力を注いだり、環境基本法のなかに生物多様性を盛り込むことにもとりくんだ。1993年の国会では、環境基本法案をもっと実効性のある内容にするため、「堂本修正要求案」もつくった。
 1994年には、生物多様性の豊かな呉羽丘陵(富山市)が「整備事業」の名のもとで破壊されているという話を聞き、現場へ出かけた。生物の専門家たちは、呉羽丘陵は質の高い自然であるとし、保存を提言した。しかし、富山市は、こうした提言を無視して工事を強行した。公有地内の豊かな生態系を「荒れた森」と見なしてつぶし、一種の「人工庭園」に変えようとしたのである。これについて、堂本氏は次のように批判している。
 「生態系の循環を人間が、しかも地方自治体が、まるでハサミでプツンと切るように断ち切ってしまってよいものだろうか。一方で、木を伐採して森のなかに空き地をつくり、アカマツなどそこに生えていた木と同じものを植林するかと思えば、アラカシ、シラカシ、ハクウンボク、モミなど、呉羽丘陵には自生しない木を数多く植えているなど、ナンセンスなことだらけである。地方自治体の一部局の決定によって、破壊しなくてもよい自然を公共事業の名のもとに破壊し、土木業者、造園業者だけが収益を得る構造である。しかも財源は国民の税である。このような財政の使われ方があってよいものだろうか。何よりも、貴重な生物多様性がこのような形で壊されることは困る」
 これは、日本全体で起きている危機や、問題の本質をスバリついたものである。
 また、堂本氏は、生物多様性の崩壊が人間社会の危機につながっているとし、つぎのように述べているが、まったく同感である。
 「最近のいじめ、自殺、騒乱のルーツは、生物多様性の崩壊につながるところがないとは言えないのではないか。これは一部の子どもや若者たちの例外的な行動だと片づけるわけにはいかない。それは、自然との関わり合いを失い、同時に、人間同士の絆が希薄になっている社会が生み出した現象であり、そうした根をもつ社会が疎外感から犯罪やテロに走る若者を生み出しても不思議ではない」


●みずからが生物多様性をつぶすのではないかという危惧

 堂本氏は、生物多様性保全のとりくみを先駆的にすすめ、その重要性を熱心に訴えつづけてきた。そんなすぐれた方がわが千葉県の知事に就任したことに、私たちはたいへん喜んでいる。
 しかし、危惧もいだいている。それは、さまざまな政党や団体との協調を重視する結果、堂本氏みずからが生物多様性をつぶすことになるのではないか、という不安である。
 堂本知事は、6月県議会などで、常磐新線沿線開発や第二東京湾岸道路、首都圏中央連絡自動車道などの巨大開発を推進していく考えを表明した。第二の東京湾横断道路となる東京湾口道路の調査費も補正予算に計上した。これらの巨大開発はいずれも、財政破綻をひどくするばかりか、自然環境や生物多様性を大規模に破壊するものである。
 さらに、知事は、東京湾に残る貴重な干潟・浅瀬「三番瀬」について、現行の埋め立て計画は撤回すると表明したものの、埋め立てそのものをやめるとは決して言わなかった。その背景として、地元の市川市や漁協、一部市民団体が、市川側の猫実川河口域は埋め立てて人工干潟などをつくるべき、と要望していることがあげられている。新聞報道によれば、知事は、「漁協、自治体、市民団体などから要望を頂いたが、すべて同じではなく、ある程度妥協点を探らなくてはいけない」(東京新聞、5月26日)、「地域の全員が満足する案は難しく、ちょっと埋め立てたり削ることはあるかもしれない」(毎日新聞、同)と述べたとのことである。
 しかし、貴重な自然(三番瀬)をどうするかは、埋め立てによる影響や生態系などを科学的に十分調査して検討すべきで、妥協の問題ではないはずである。もし、埋め立て推進派に妥協して、生命力豊かで多様性にすぐれた三番瀬の一部を埋め立てることになれば、生物多様性を守る運動に大きなショックを与えることになる。また、本書の価値をだいなしにしてしまう。


●生物多様性の保全を千葉県政で推進してほしい
  〜多様性豊かな三番瀬の埋め立ては中止を求む〜

 同書のなかで堂本氏は、国民の間で生物多様性への関心が薄いことをなげき、次のように書いている。
 「国内に目をやると、日本では生物多様性の理念が広く市民の間に広まりもしなければ定着もしなかった。『生物多様性』という言葉すらほとんど知られていないのはいかにも残念である」  「生物多様性に対する国民の関心も薄かった。日本弁護士連合会や各野党が作った環境基本法の対案にも生物多様性の理念はみられない」
 しかし、堂本氏らの努力によって、いまでは生物多様性を守ることの大切さがかなり認識されるようになった。たとえば、日本弁護士連合会は、三番瀬の猫実川河口域について、生物多様性の観点から埋め立て計画の中止を求め、県知事あての意見書の中で次のように述べている。
 「第一に、見直し案は、猫実川河口域については、ヘドロ状を呈し、有機物、汚染物質が多く、埋め立てても全体への環境影響は小さいと評価しているが、これを裏づける客観的データは示されていない。むしろ、三番瀬は、泥質、砂泥質、砂質と連続した環境条件を一体として備えており、それぞれの環境条件が価値を有しているとともに、相互のつながりに環境的意味があると考えられるにもかかわらず、この点での影響については全く考慮されていない。第二に、猫実川河口域には、ドロクダムシ、ホトトギスカイ、エドガワミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く発見されており、生物多様性の観点からはこれらも失われていいということにはならない。猫実川河口域は、確かにヘドロ状を呈し、有機物、汚染物質が多いが、この区域も浄化機能を果たしており、特に単位面積あたりのCOD浄化量は前記補足調査で明らかにされたように、他の環境条件での値と比較しても遜色がない。これは、この区域が都市部から流れ込む汚染物質の受け皿となり、前に示したような多様な底生生物の存在により、活発な浄化作用が行われていることを示している。猫実川河口域の環境条件も三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしているのである」。
 こうしたことを十分に検討し、生物多様性に富んだ三番瀬については、埋め立てそのものを中止されるよう知事に要望したい。手を加える場合でも、「埋め立てによって海域を減らす方向での再生や復元」ではなく、後背地の遊休埋め立て地を原風景にもどすことを基本にされるようお願いしたい。
 知事として生物多様性保全の姿勢を貫くことは、たいへんな苦難が伴う。それは十分承知している。しかし、氏を知事に当選させた県民のパワーに依拠し、房総の貴重な自然や生物多様性を守るために志をつらぬいてほしい。──これが、私たちの強い願いである。

(2001年7月)



 


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