三番瀬埋め立て計画の問題点と私たちの提言

2001年8月 
千葉の干潟を守る会
千葉県自然保護連合


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 三番瀬は“命をはぐくむ海のゆりかご”
 《猫実川河口域》猫実川河口域は生命力豊かな海域
 《下水処理場》水循環の視点で下水道計画の根本的見直しが必要
 《街づくり支援用地》埋め立て推進のつじつま合わせ
 《第二湾岸道路》野鳥飛来への影響など、さまざまな問題をかかえる巨大道路
 《人工干潟》今ある自然をつぶしての人工干潟造成は時代遅れ
 《船橋側11ha埋め立て》大型埠頭の建設は不要
 【資料】関連図





■序章

 三番瀬は“命をはぐくむ海のゆりかご”


●三番瀬は自然のパラダイス

 東京湾は、かつては広大な干潟を擁し、遠浅の海岸がつづいていました。そうした遠浅の海岸は埋め立てによってかたっぱしからつぶされてしまいましたが、東京湾の奥にかろうじて残された自然の干潟・浅瀬が三番瀬です。
 千葉県の船橋、市川両市の沖に広がる三番瀬は、泥質および砂泥質の干潟(140ヘクタール)と水深5メートル以下の浅瀬からなり、総面積は約1650ヘクタールにおよびます(水深1メートル以下では約1200ヘクタール)。
 干潟は“生命のゆりかご”といわれています。陸から栄養分が流れてきて、干潮時にたくさんの酸素や光をあびて、ものすごい量の生物を育てています。千葉県が実施した「補足調査」によれば、三番瀬では鳥類89種、動植物プランクトン302種、ゴカイなど底生生物155種、魚類101種、合計647種の生物が確認されています。
 ゴカイやカニや貝や魚などをえさにする水鳥たちは、干潟や浅瀬がないと生きていけません。日本は、サギ、カモ、カモメのほか、シベリア、アラスカからオーストラリア、ニュージーランドまで旅行するシギ、チドリの中継地になっています。そのなかで、三番瀬は、日本有数のスズガモ、シギ、チドリの飛来地として、国際的にも重要な渡り鳥の中継地となっています。とくに、三番瀬は日本一のスズガモの生息地となっており、冬には約10万羽が確認されています。
 三番瀬の数キロ先には、ラムサール条約登録湿地である谷津干潟があります。多くの水鳥がここ三番瀬と谷津干潟の間を行き来していて、谷津干潟の水鳥にとっても三番瀬はなくてはならない場所になっているのです。
 三番瀬はまた、ノリ、アサリ、カレイなどの好漁場となっており、多くの魚が稚魚のあいだ、干潟や浅瀬で過ごしています。
 さらに、県の補足調査で13万人分の下水処理能力を持つことが明らかにされたように、三番瀬は東京湾の浄化にも大きな役割を果たしています。
 一方、隣接する船橋海浜公園は、5月の休日ともなると、潮干狩り客でごった返すほどにぎわいます。三番瀬は、市民のレクリェーションの場として、あるいは市民と海との触れ合いの場としても、たいへんな役割をはたしているのです。
 つまり、東京湾沿岸で90%の干潟・浅瀬が失われたなか、三番瀬は、首都圏全体にとってきわめて大切な自然であり、貴重な“都会のオアシス”あるいは“命をはぐくむ海のゆりかご”となっているのです。


●「埋め立て中止」の世論広がる

 そんな大切な三番瀬を埋め立てようとしている千葉県は1999年6月、自然破壊や“税金ムダづかい”への反対の世論におされ、埋め立て規模を740ヘクタールから101ヘクタールに大幅縮小しました。縮小計画では、市川側は約90ヘクタール埋め立てて下水処理場や街づくり支援用地(再開発用地)、第二湾岸道路用地などを、船橋側は約11ヘクタール埋め立てて港湾施設用地などをつくるとしています。
 この縮小案についても、自然保護団体などがはげしく反対運動をすすめてきました。埋め立て計画の中止を求める県民世論も大きく高まり、「三番瀬を守る署名ネットワーク」がとりくんでいる埋め立て中止を求める署名は、今年(2001年)1月現在で26万(8月時点では30万突破)に達しました。
 今年1月には川口順子環境大臣が三番瀬を視察し、「埋め立ての必要があるのか疑問がある。計画自体を全面的に考え直すべきだ」と述べ、埋め立て計画に反対する意向を表明しました。
 3月におこなわれた県知事選挙では、三番瀬埋め立てが大きな争点になりました。朝日、読売、毎日の3紙が埋め立てに関する県民世論調査をおこなった結果、いずれも、県民の半数以上が埋め立てに反対か、見直しを求めています。選挙では、埋め立て計画の「白紙撤回」を公約した堂本暁子氏(無党派)が当選しました。


●自然はいったん破壊されたら回復不可能

 堂本知事は、知事就任後、現行の埋め立て計画をいったん白紙にもどし、関係団体などの意見を聞きながら新たな計画を策定する、としています。しかし、県議会では、多数を占める自民党会派が埋め立て推進の立場をとっています。
 また、地元の千葉光行市川市長は、下水処理場や都市再開発用地は必要ないとしたものの、「海の再生」のためには人工干潟などの造成、つまり埋め立てが必要としています。また、藤代孝七船橋市長も、船橋側11ヘクタールの埋め立て推進を強く求めています。市川、船橋、浦安の3市で構成する「三番瀬保全再生協議会」は三番瀬をラムサール条約登録にするよう求めていますが、その内容は、埋め立てを前提とし、埋め立て計画地以外の海域を登録湿地にすべきというものです。
 一方、市川市の行徳、南行徳両漁協も、「漁場環境改善」のためには大規模な埋め立てが必要とし、堂本知事に埋め立て推進を強く要望しています。
 また、第二湾岸道路の建設も問題です。堂本知事は、この道路は必要とし、その推進を表明していますが、道路が高架でつくられれば、大型道路が船橋海浜公園前の頭上を横切ることになり、景観や鳥の飛来、市民の海への親しみなどに大きな影響を与えます。大気汚染や振動、騒音などによる環境破壊も心配です。
 こうしたことから、「千葉の干潟を守る会」や「三番瀬を守る会」「三番瀬を守る署名ネットワーク」などの自然保護団体は、「自然は、いったん破壊されたら回復不可能」「現存する湿地の保存は世界の流れ」「埋め立てによって海域を減らす方向での“再生”ではなく、まず埋め立てをやめ、破壊されたものを元にもどす方向で真の復元・再生を試みるべき」との立場から、三番瀬を守るためにひきつづき運動を強めています。船橋側の11ヘクタール埋め立てについても、「大型船が年間に0〜2隻しか入港しないのに、莫大な金を投入して施設をつくるのは税金のムダづかい」「港湾埠頭は余っており、いまある企業専用埠頭をうまく使えばよい」「これは第二湾岸道を前提とした埋め立てだ」などと、批判や反対の声が高まっています。


●埋め立て思想との決別を

 堂本知事は7月下旬、三番瀬埋め立て問題について、8月23日と9月7日にシンポジウムを開き、住民の意見を聴いたうえで、9月県議会(9月下旬開会)に見直し計画案を提示するという方針を明らかにしました。
 自然保護団体は、この方針は重大な問題を含んでいるととらえています。あまりにも拙速な計画案作成であり、また、関係団体や専門家などの意見が十分に反映されないことや、県環境会議の見解・アピールを無視していることなどです。そこで8月上旬、「千葉の干潟を守る会」など8団体は、この方針を見直し、専門家や関係団体・住民などの参加のもとに慎重かつ十分な検討を経て三番瀬の保全策を作成することを、堂本知事に要請しました。要請書では、従来の埋め立て思想と決別し、わずかに残された干潟・浅瀬をこれ以上埋め立てたりつぶしたりしないことも求めています。
 しかし、堂本知事は、9月県議会に新案を提示するという方針を変えません。新聞報道によれば、知事は記者会見で、「(性急だと批判するのは)本当に一部ではないか。今まで相当に意見を伺っている」(読売新聞、8月21日)と語ったとのことです。  ルポライターの永尾俊彦さんは、自著『干潟の民主主義──三番瀬、吉野川、そして諫早』(現代書館)のなかでつぎのように述べています。
 「わたしたちは高度経済成長の時代から続く『環境ダンピング』という思想とまだ訣別できてはいない。たとえば千葉県は、三番瀬で何とか新しい埋め立ての論理を編み出そうとしている。今年4月に千葉県の新知事に就任した堂本あき子さんは、三番瀬の埋め立て計画の白紙撤回をほとんど唯一の公約にして当選したのに、『里海』『里浜』の再生のためと称する埋め立てを否定していない。この論理がやっかいなのは、高度経済成長時代のように干潟を埋め立てて工業地帯をつくることが善なのだという露骨な自然破壊肯定の論理ではなく、逆に『自然修復のため』という一見反対しにくい『洗練された』衣装をまとっていることだ。しかし、抜群の浄化能力を持つ干潟をつぶして自然の『再生』『修復』とは、倒錯した論理だ。真の自然の保護とはどういうことなのかかが、いま特に三番瀬では問題になっている」
 永尾さんが的確に指摘しているように、三番瀬ではいま、真の自然保護とはどういうことなのかが問われようとしているのです。





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■猫実川河口域

 猫実川河口域は多様性豊かな海域



●生命力豊かな浅瀬

 地元の市川市や行徳漁協などは、市川側の猫実川河口域について、「ヘドロがたまっている」とか「汚れた海域」などと言い、埋め立ての必要性を盛んに主張しています。しかし、ここは汚いどころか、ハゼの子どもなどがたくさん泳ぎ回っていて、稚魚の楽園となっています。ハゼやスズキ、フッコなどの魚やカニがたくさん採れるので、密漁船が頻繁にやってきます。それほど、ここは生命力豊かな浅瀬なのです。
 このことは、県の補足調査(「市川二期地区・京葉港二期地区計画に係る環境の現況について」)でも明らかにされています。補足調査は、猫実川河口域にはドロクダムシ、ホトトギスガイ、エドガワミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く生息していること。そして、有機物や汚染物質は多いが、この区域も浄化機能を果たしており、特に単位面積あたりのCOD浄化量は、他の環境条件での値と比較しても遜色がないこと──などを明らかにしています。浄化機能が高いことは、この区域が都市部から流れ込む汚染物質の受け皿となり、多様な底生生物が生息することにより、活発な浄化作用が行われていることを示しています。


●三番瀬全体の環境の中で重要な役割

 このように、猫実川河口域は三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしています。したがって、ここを埋め立てたりつぶしたりすることは、自然豊かな浅瀬やそこで生息しているさまざまな生物を殺すことになります。生物多様性や三番瀬の多様な生態系を破壊することになるのです。
 たとえば世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)は、市川市長に提出した要請書のなかで「猫実川河口域を残して環境の保全と漁場の回復を図るべき」と述べ、こう指摘しています。
 「千葉県による『補足調査』の結果では、三番瀬は底質環境の特性により5つの水域に区分され、変化に富んだ環境条件を有していることが大きな特徴であるとされています。最も浅い部分である猫実川河口域は、そのような特徴のある一連の水域のひとつであり、三番瀬の海域にとって欠くことのできない要素と考えられます」
 また、日本弁護士連合会は、県と環境省に提出した意見書の中で次のように述べています。
 「第一に、見直し案は、猫実川河口域については、ヘドロ状を呈し、有機物、汚染物質が多く、埋め立てても全体への環境影響は小さいと評価しているが、これを裏づける客観的データは示されていない。むしろ、三番瀬は、泥質、砂泥質、砂質と連続した環境条件を一体として備えており、それぞれの環境条件が価値を有しているとともに、相互のつながりに環境的意味があると考えられるにもかかわらず、この点での影響については全く考慮されていない。第二に、猫実川河口域には、ドロクダムシ、ホトトギスガイ、エドガワミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く発見されており、生物多様性の観点からはこれらも失われていいということにはならない。猫実川河口域は、確かにヘドロ状を呈し、有機物、汚染物質が多いが、この区域も浄化機能を果たしており、特に単位面積あたりのCOD浄化量は前記補足調査で明らかにされたように、他の環境条件での値と比較しても遜色がない。これは、この区域が都市部から流れ込む汚染物質の受け皿となり、前に示したような多様な底生生物の存在により、活発な浄化作用が行われていることを示している。猫実川河口域の環境条件も三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしているのである」
 また、東邦大学の風呂田利夫教授も次のように述べています。
 「(猫実川河口域は)必ずしもそれほど悪い環境ではないということを、もう少し考えていかなければいけないだろうと思います。それは、それなりに三番瀬で重要な機能を果たしています。確かに堆積はあり泥は多い。ヘドロといえるかどうかは見解が違いますが、泥が溜まっていることは間違いない。ただ、泥がたまるということは、そこにいろんなものが三番瀬から運び込まれているということになるわけです。そこが三番瀬の全体の機能にとって非常に大きな貢献をしていますので、その辺の評価について慎重に考えないと、実際的にそこを簡単に開発して埋めていいという問題ではないだろうと思います」(三番瀬フォーラム編集・発行『三番瀬の保全と都市の再生』)


●90年代以降、猫実川河口域は安定した環境にある

 県や市川市などは猫実川河口域が「汚い」などと言っていますが、この海域を汚した原因のひとつは、県が江戸川流域下水道第二終末処理場の処理水をここに約10年間にわたって放流したことです。
 1981年、市川市福栄にある第二処理場が稼働しはじめました。同処理場の処理水は猫実川を通して三番瀬の猫実川河口域に放流されました。この放流によって猫実川河口域の水質は悪化の一途をたどりました。また、温排水の放流によってバリカン病が発生したために、ノリ漁は大きな被害を受けました。漁協から強い苦情や改善要請がだされたため、その後、県は第二処理場の放流先を旧江戸川へ変更しました。この点について、ルポライターの永尾俊彦氏はでこう書いています。
 「赤腐れ以上に海苔漁師たちが恐れているのが『バリカン病』だ。まるでバリカンで丸坊主にしたかのように、海苔が芽だけを残してそっくり網から脱落してしまう奇病だ。その原因にちがいないと漁師たちがにらんでいるのが、市川市福栄にある千葉県の下水道第二終末処理場から猫実川を通って三番瀬に排水される処理水だ。81年に処理場が稼働し始めたが、それからバリカン病が出始めた。たまりかねた漁師たちは県にかけあって91年からは旧江戸川に処理水を流すようにしてもらった。すると『バリカン病』発生の回数が目に見えて減ったという。しかし、それでも大雨のときなど旧江戸川が増水して排水できなくなると、年に数回、今も猫実川に排水している。それで千葉県は行徳、南行徳の両漁協と緊急時の排水を許可してもらう協定を結び、91年から5年ごとに約1億円の『協力金』をそれぞれの漁協に支払っている」(永尾俊彦『干潟の民主主義──三番瀬、吉野川、そして諫早』、現代書館)
 ちなみに、このようなバリカン病は仙台や明石など各地で発生していますが、「発生場所は、ほとんどが下水処理場に隣接し、これが稼働し始めてから被害が発生するという共通点」があると指摘されています(鷲尾圭司「下水処理場と海苔養殖漁場の共存への歩み」、『水情報』1999年9月号所収)。
 第二処理場の処理水が旧江戸川に放流されるようになってからは、バリカン病発生の回数が減ると同時に、猫実川河口域の水質や環境も安定するようになりました。この点については、県補足調査でも明らかにされており、たとえば、補足調査専門委員会の望月賢二委員長は環境調整検討委員会で次のように述べています。
 「補足調査の委員会のほうも、特に猫実川河口周辺の問題だと思うが、あそこがマイナス的な存在であるという認識は全く持っていない。(中略)それと、特に猫実川河口周辺、あそこがヘドロの堆積、有機物の堆積等で今どんどん悪くなっているのだという発言があるが、補足調査のほうでまとめた三番瀬の推移のデータから見ても、少なくとも平成に入った前後からそれ以後は全体としては非常に安定した環境にあるということで、補足調査のまとめの中でも、いろいろなデータを使って、かなり安定した状況にあると実感しながら進めた経緯がある。そういう意味で、今後、周辺の状況等が大幅に変わらない限り、あの自然環境はある程度安定した状態で推移するということは、補足調査全体のデータを見ていただければ理解いただけるのではないかと思う」
 このように、猫実川河口域は、90年代以降は安定した環境にあります。生物多様性が豊かであることや、水質浄化で多大な役割を果たしているなどを考えると、けっして埋め立てるべきではありません。





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■下水処理場

 水循環の視点で下水道計画の
 根本的見直しが必要


 現行の三番瀬埋め立て計画で、土地利用の目玉の一つとなっているのが江戸川左岸流域下水道の終末処理場(20ヘクタール)です。新たな大規模処理場(第一処理場)を埋め立て地につくるというこの計画は、必要性がまったくないばかりか、財政面や防災面、水の再利用などからみて大きな問題があります。また、流域下水道計画そのものが破綻しつつあることも問題です。


●既設処理場の機能アップで第一処理場は不要

 流域下水道というのは、2つ以上の市町村の公共下水道から流れてくる下水を広域的に集めて終末処理場で処理し、公共用水域に放流する大規模な下水道です。幹線管渠や処理場は、都道府県が建設し管理します。
 江戸川左岸流域下水道は、関宿町、野田市、流山市、松戸市、鎌ヶ谷市、市川市、船橋市(一部)、柏市(一部)、浦安市の8市1町の下水をまとめて処理するものです。全体計画の処理対象面積は210平方キロメートル、幹線管渠の総延長は125キロにもおよびます。
 この計画はもともと過大であることが指摘されていましたが、三番瀬埋め立て計画の規模縮小にあわせて、計画人口が175万人から143万人に、1人あたりの1日最大処理水量は720リットルから480リットルに下方修正されました。しかし、「東京の水を考える会」の和波一夫氏らは、この修正でも過大な予測と言っています。和波氏らの指摘はこうです。
 「計画人口は143万人となっているが、下水道法による事業認可区域の計画処理は約90万人であり、これに認可区域から除かれている人口集中地域を加えても合計約100万人にしかならない。また、1人あたりの1日最大処理水量は480リットルとなっているが、過去の実績からいえば370リットルで十分であり、将来余裕をみても420リットルでよい」
 この420リットルに100万人を乗じると、1日あたりの処理水量は42万立方メートルとなります。これに対して、現在稼働中の第二処理場の将来の最大処理能力は1日あたり46.4万立方メートルです。そのうえ、第二処理場は敷地面積に余裕があります。処理施設を二階式や深層曝気式にするなどコンパクト化をはかれば、現計画以上の処理能力が可能になるというのが大方の見方です。さらに、下水処理技術の革新が進めば(包括固定微生物処理法、膜濾過処理など)、敷地面積を有効に活用できるとのことです。
 つまり、第一処理場そのものの建設が不要となっているのです。


●水循環の視点から下水道計画は根本的に見直すべき

 21世紀は水危機の時代といわれています。関宿から延々60キロも管渠を通して三番瀬に下水をもってくるということは、管渠という名の新たな川をつくることになり、江戸川や中小河川の水量が減少します。このように、大切な水をいちど使っただけで海に流してしまっていいものでしょうか。下水といえども貴重な水資源です。きれいに処理して、繰り返し利用することが求められています。
 私たちはこうした視点から、下水処理場は埋め立て地ではなく、内陸部に分散して設置すべきだということを、再三にわたって県に要望しました。この要望にたいし、県は次のように答えました。「処理場を内陸部につくって処理水を河川に放流すれば、上水道に処理水が入ってしまう。みなさんは、下水が入った水を飲むんですか」と。これは、県民をバカにした回答としかいいようがありません。なぜならば、すでに群馬県、埼玉県、茨城県が下水処理水を利根川に放流しており、その水を千葉県民が飲んでいるからです。それに、上水道取水口のすぐ上流に下水処理水を流すのはまずいというのなら、下水処理水をパイプで取水口の下流までもっていけはすむことです。じつは、こんなことは、すでに県庁の下水道担当課では検討済みのことで、「問題ない」ということになっているそうです。なのに、県民に対してはしらじらしくウソをつくのです。そもそも、私たちは、自分が出した水を飲むということに心して、捨てることに気を配りたいものです。水はそんなに豊富ではないのです。
 ちなみに今年6月、野田市の根本市長が「市南部を流れる利根運河の水質改善のために、運河上流域に下水処理場をつくってほしい。周辺には休耕田が多くあるので、用地は確保できる」と県に提案しました。このことは、水循環の観点から、処理場を内陸部に分散して設置し、処理水を河川にもどすということが現実的な課題になっていることを示しています。地域で発生したものは地域に戻す。──こういった地域の実情に応じた方法を探るということが、いま求められているのです。
 県は現在、印旛沼流域下水道の花見川終末処理場の処理水を、延々24キロにわたってポンプアップし、市川市内の大柏川や船橋市内の海老川に放流するという工事をすすめています。その理由は、流域下水道の整備にともない、海老川などの水量が減少し水質が悪化しているからです。埋め立て地につくった処理場の処理水を莫大な金をかけてポンプアップするのなら、最初から処理場を内陸部に分散してつくるべきです。
 さらに、人口密度の低いところでは、各戸に合併浄化槽を設置するようにすれば、費用も安く、整備の期間も短縮できます。また、里山や森、水田(休耕田)、小川、湿地などがもっている浄化力を活かし、これらと組み合わせた下水道づくりを進めて欲しいものです。
 三番瀬の浄化量は、県の補足調査によれば、CODが2245トン/年で13万人分、T-N(全窒素)が575トンN/年で200万人分の処理をしているとのことです。このように、“天然の下水処理場”となっている三番瀬を全面的に残し、しっかり管理することを提言します。


●防災面や財政面からみても現計画の見直しが必要

 三番瀬付近の地盤は軟弱であることはよく知られています。この上に下水処理場のような重量構造物を建設することは危険です。阪神・淡路大震災では、埋め立て地に建設された神戸市の下水処理場が、液状化によって甚大な被害を受けました。被害を受けなかった地域でも、トイレが使用できず困ったという話を聞きました。このことは、局部的被害が全体におよぼす怖さを物語っています。この教訓を生かさなくてはいけません。ライフラインである下水処理場を三番瀬に建設してはならないのです。また、防災面からみても、処理場の分散処理が必要となっているのです。
 江戸川左岸流域下水道計画は、面整備率が50%にも達していないにもかかわらず、すでに2300億円以上の事業費を費やしています。その後見直しがされて、全体事業費は2960億円(2010年度完成)とされていますが、最新の試算では3816億円となっています。しかし、関係者は、実際にはこの倍の事業費がかかり、期間もあと10年では絶対に完成しないと言っています。県民の負担を強いる流域下水道はもうやめるべきです。



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■街づくり支援用地

 埋め立て推進のつじつま合わせ


 埋め立て計画の土地利用をみると、市川側90ヘクタール埋め立て地に「街づくり支援用地」(都市再開発用地)が25ヘクタール確保されています。
 これは、JR京葉線市川塩浜駅周辺にある工場を埋め立て地に移転させ、同駅前を再開発しようというものです。市川市は、埋め立て地に街づくり支援用地を確保することがどうしても必要とし、埋め立て促進を県に強く働きかけていました。たとえば、市川市が1999年11月15日に県知事あてに提出した要望書のなかにはこう書かれています。
 「街づくり支援用地は、再開発を促進すべき地区として早急な対応が必要になっている市川塩浜駅周辺の再整備をはじめ、本市の重点課題である都市基盤整備促進のために必要な用地であるので、その確保をお願いしたい」
 同市は、広報紙でも、かなりの紙面をつかい、数回にわたって街づくり用地確保や埋め立ての必要性を市民に宣伝しました。
 しかし、同駅周辺には、県企業庁が保有している未利用地がたくさんあります。とくに浦安の埋め立て地には、広大な遊休地があります。工場の移転が必要というのなら、こうした未利用地を活用すれば解決できることです。なにも埋め立ての必要はありません。  私たちは、埋め立て中止を求める要望書や意見書などを何度もだしましたが、そのなかで、この点も強く主張しました。また、計画策定懇談会や環境調整検討委員会(県環境会議の下部機関)でも、この点について疑問が数多くだされました。
 私たちはこれまで、埋め立て地に街づくり支援用地を確保することの必要性はないと主張してきましたが、その根拠はつぎのとおりです。

(1) 遊休地を活用すべき
 県企業庁は、付近の埋め立て地に大量の遊休地をかかえている。本当に受け皿が必要というのであれば、これを利用すべきである。
(2) 街づくりは市民参加が不可欠
 快適で安全な街づくりは、自然を破壊しては実現不可能である。また、埋め立ての是非も含め、幅広い市民の参加によって議論すべきである。
(3) 企業の「移転希望」はあてにならない
 県企業庁は、街づくり支援用地の必要性の根拠として、60余りの事業所(企業)が埋め立て地への移転を希望しているというアンケート結果をあげている。しかし、この種のアンケートは、まったくあてにならない。この点は、たとえば第26回の環境調整検討委員会でも、ある委員から次のような疑問がだされている。
 「600余りにアンケートを取って、60余りが手を挙げたということが、どういう意味があるか。ほとんど数の上のことだけであって、中身がよくわからない。これをもって多くの人たちが用地を必要としているという根拠にはならないのではないか」
 こうした企業の希望がまったくあてにならないということは、過去の事例にもはっきり示されている。たとえば、企業庁が建設した房総臨海工業用水道は、アンケートなどで多くの臨海部工場が要望していたというので約1700億円を投じてつくった。しかし、当の工場が「水はいらない」と言いだしたため、同工業用水道は過剰設備となり、大赤字となっている。また、アンケートなどで進出希望があるということで、県内各地に工業団地や研究所用地がいくつもつくられているが、実際には企業が進出せず、空き地だらけという団地がたくさんある。富津工業団地や「かずさアカデミアパーク」などがそうである。
 しかし、市川市はこうした疑問や批判に耳をかそうとせず、同用地の必要性を盛んに主張しつづけました。
 ところが、この4月、堂本新知事が埋め立て計画の白紙撤回を表明すると、突然、市川市長は「街づくり支援用地は必ずしも必要でない」ということを言い出しました。それも、市長の独断であり、市民団体も参加している「行徳臨海部まちづくり懇談会」や、庁内、市議会などは“寝耳に水”でした。
 つまり、この「街づくり支援用地」は、そもそも確保する必要がなく、埋め立てを推進するためのつじつま合わせだったのです。多額の税金をつかった広報紙などで、「街づくり支援用地」などがどうしても必要だから埋め立てるべき、と宣伝しながら、知事が替わると途端にそれを撤回する。しかも、市長が独断で決めるのですから、民主主義もへったくれもないものです。そうしたいい加減な市川市の要望を受けてつくられた埋め立て計画も、“まゆつばもの”といわざるをえません。



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■第二湾岸道路

 野鳥飛来への影響など
 さまざまな問題をかかえる巨大道路


 埋め立て計画では、埋め立て地に第二東京湾岸道路の用地が確保されています。この道路計画は、東京都大田区から東京湾沿いに千葉県市原市廿五里(ついへいじ)までを結ぶ約50キロの高速道路です。道路の規模は、始点の大田区から千葉市美浜区の幕張新都心までは8車線という巨大道路です。途中の船橋航路付近で、東京外郭環状道路(外環道)とジャンクションで結ぶことになっています。
 この第二湾岸道もさまざまな問題をかかえています。
 第一は、三番瀬にさまざまな悪影響をあたえることです。県の構想では、この道路は船橋海浜公園の頭上や行徳鳥獣保護区前を通ることになります。高さは確定されていませんが、船舶の行き来のため、船橋航路では海面から約50メートルほど、市川航路上では36メートル以上にする必要があるとされています。こんなに高度の高い道路は、三番瀬から谷津干潟や行徳保護区へ移動するシギ・チドリ類、カワウ、カモメ、カモ類など多数の野鳥の障害となります。
 また、巨大道路が船橋海浜公園の頭上を横切るわけですから、美しい景観はだいなしになってしまいます。さらに、市民を心理的に海から遠ざけることにもなります。  一方、高架式でなく、地下式にした場合は、凝固剤の大量使用による三番瀬の生態系破壊や、地下水への影響などが危惧されています。
 第二は、膨大な財政負担です。高架式の場合で建設費は1兆円を超すことが予想されています。地下式にすれば、さらにそれを大きく上回ります。国・地方自治体が財政赤字で破産寸前の状態にあり、また、日本道路公団が約25兆円という気の遠くなるような赤字をかかえているなかで、こんな膨大な金がかかる事業はやめるべきです。
 第三は、大気汚染などをますます悪化させることです。第二湾岸道が予定されている地域は、いまでさえ、全国屈指の大気汚染地域です。新たに巨大道路ができれば、大気汚染や振動、騒音などの公害をいっそうひどくします。
 第四は、第二湾岸道そのものの必要性に疑問があります。県などは「渋滞解消のために第二湾岸道がどうしても必要」と言っていますが、現実をみれば、大型道路をつぎつぎにつくっても交通渋滞はいっこうになくなっていません。反対に、道路建設が車を呼び込んで渋滞を加速するという悪循環を生んでいます。これを変えるには、大型道路建設の考え方を根本的に変えるべきです。つまり、トラックなどの貨物輸送に偏向している現状を鉄道による輸送などに転換することが必要です。第二湾岸道を造らないことをきっかけにして、道路や交通のあり方を考え直すべきです。



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■人工干潟

 今ある自然をつぶしての
 人工干潟造成は時代遅れ
  〜「今ある質の高い生物生息地の保存を復原より優先すべき」〜



●漁協や市川市、一部市民団体が人工干潟の造成を主張

 県の埋め立て計画では、市川側埋め立て地90ヘクタールの先に13.2ヘクタールの人工海浜が盛り込まれています。
 これに対し、地元の行徳漁協と南行徳漁協で組織する「千葉北部漁場修復協議会」は、13.2ヘクタールの人工海浜では「海水の停滞域が解消できず、漁場の大幅な改善につながらない」とし、人工干潟の規模を約100ヘクタールに拡大する「望ましい水際線」を提案しています。
 また、市川市や市民団体「三番瀬フォーラム」も人工干潟の造成を強く求めています。三番瀬フォーラムはこれまで、「三番瀬のポスト・ウォーターフロント構想」を提唱しつづけてきました。これは、藻場の造成や“埋め戻し”によって、かつての東京湾の自然海岸の姿に類似した海岸を人工的に復元しようというものです。具体的な内容は、船橋側では、現在の干潟部分はそのまま維持し、水深20センチ等深線に藻場を造成する。藻場の造成は、海藻のアマモかコアマモを移植することによっておこなう。一方、市川側では、100ヘクタールほどの新たな干潟と湿地を造成し、かつての東京湾の自然海岸の姿に類似した環境を復元する。そこで復元されるものは、猫実川を淡水源とするアシ原と淡水湿地、汽水湿地、干潟、藻場など。──というものです。(くわしくは、小埜尾精一・三番瀬フォーラム編著『東京湾三番瀬』三一書房を参照)


●人工干潟の造成は二重の自然破壊
 〜漁場環境改善にもつながらない〜

   自然に似せて造った人工干潟であっても、現存する自然の干潟や浅瀬を埋め立てて造成することは、自然を破壊することであり、三番瀬の多様な生態系を損ないます。
 市川市や行徳漁協などは、市川側の猫実川河口域について、「汚れた海域」などと言い、埋め立てて人工干潟を造成することの必要性を盛んに主張しています。また、三番瀬フォーラムも、市川側は人為的に澪筋(みおすじ)をつくったり地盤沈下が起こったために不自然な深さになっているから、“埋め戻し工法”によって海岸湿地を人工的に復元すべき、と主張しています。この“埋め戻し”は、埋め立てと同じです。
 しかし、前述のように、ここは稚魚の楽園となっています。ドロクダムシやホトトギスガイなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く生息しています。浄化能力も高く、猫実川河口域は、三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしているのです。
 ここを埋め立てて人工干潟を造成することは、土砂の搬入によってここに生息するたくさんの生物を生き埋めにします。県企業庁は、市川航路の拡幅による浚渫土を埋め立てに使うと言っていますが、航路の拡幅は青潮の発生源を拡大させることになります。つまり、生物多様性に富んだ浅瀬を埋め立てて人工干潟を造成することは、二重の環境破壊になるのです。
 また、漁場環境を改善するどころか、漁場環境を大きく破壊します。この点は、たとえば、世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)が市川市長あての要請書で次のように指摘しています。
 「猫実川河口域を埋め立てる、あるいは人工干潟を造成することでは、干潟や海の環境改善にはならないし、ノリやアサリの漁場の回復にはつながらない可能性が高いと思われます。むしろ、多量の有機物を底生生物が分解して浄化する場を失い、魚類の食物となるエビ類などの生息条件も悪化することから、影響は三番瀬全体におよび、現在よりも、干潟および浅海域としての環境が悪化し機能が低下する心配があります。猫実川河口域の埋め立ては、海や漁場の再生の妨げになる可能性があります」


●人工干潟は今ある干潟や浅瀬にとって代わるものではない

 人工干潟は、今ある干潟や浅瀬にとって代わるものではなく、すでに浅瀬や干潟が消失されたところを復元させるためのものというのが国際的な常識となっています。
 たとえば、1999年9月に市川市で開かれた「国際湿地シンポジウム in 東京湾三番瀬」(主催は日本湿地ネットワークなど)のなかで、米国内務省魚類野生生物局のピーター・ベイ氏は、サンフランシスコ湾における湿地復元のとりくみについて話し、「湿地回復が進んだが、環境の回復は予測が難しく、まだ実験の段階だ」とのべ、人工干潟については慎重な対応が必要だと強調しました。
 科学ジャーナリストのイボンヌ・バスキン氏も、自著『生物多様性の意味』(藤倉良訳、ダイヤモンド社)の中で、1980年代からアメリカ全土で湿地の復元作業がすすめられているが、「失われた機能を見事に再現した事例はない」と指摘し、こう述べています。
 「失われつつある自然、半自然の景観の中で、しっかりとした自然系を保護することは、ばらばらに引き裂かれてから元に戻すことより、はるかに安上がりである。これまでの実績を見れば、地球の生態系機能の運命を復元作業にゆだねてはならないことは明らかである」
 環境省も、藤前干潟(名古屋市)の埋め立て中止を打ちだした中間とりまとめで、「人工干潟が定常状態に達するまでに少なくとも5〜10年あるいはそれ以上の期間が必要であり、実験の評価にもこの程度の年月を要する」と述べ、「一時的に底生動物が豊富になったように見えたり、一過的な底質の変化により特定の種が短期的に大量発生したりすることが過去の例においても見られるが、このような現象も一時的なものであり、いずれ底質環境が定まってくるに従い元の生態系以下の貧相な生態系となっている」と指摘しています。そして、「仮に実験を何らかの形で実施する場合であっても、実験規模、期間、場所は、実験のコンセプトを良く検討した上で科学的に決定すべきであり、周辺浅場や干潟の生態学的評価もせずに貴重な干潟・浅場を大規模に使用して実験を行うことは、非常識の誹りを免れない」と強調しています。


●人工海浜「幕張の浜」などは惨たんたる状態

 じっさいに、県内にも人工海浜がいくつかつくられていますが、その実態は惨たんたるものです。
 県企業庁が幕張新都心(千葉市美浜区)の先に1979年に完成させた「幕張の浜」は、全長約2700メートルの日本最初の人工海浜ですが、浸食が激しいため、毎年、数千万円をかけて大量の砂を補給しつづけてきました。維持管理に金がかかりすぎるため、企業庁は昨年(2000年)、とうとう砂補給をやめ、海水浴も禁止にしてしまいました。
 同じ美浜区につくられている「いなげの浜」と「検見川の浜」も同じ状態で、たとえば「いなげの浜」を管理する千葉市は、維持管理に多額の金を投入しつづけています。
 「幕張の浜」などは疑似自然であるために、生き物も自然の干潟・浅瀬とくらべるとわずかしか生息していません。生き物はいても、生息量や多様性、安定性は、三番瀬などに比べればかなり見劣りがします。つまり、文字どおり“作り物の浜”となっているのです。これは、現地を実際にみれば一目瞭然です。花にたとえれば、三番瀬は「生きた花」、幕張の浜は「造花」です。
 この「幕張の浜」について、少年時代を幕張で過ごした作家の椎名誠氏はこう言っています。
 「千葉県は幕張の埋め立て地の突端に人工海岸を造りました。あるとき行きましたが、いやあ、悲しかった。アオサなんかない。きれいな海です。においもない。でも、においがないってことは生命がない。自然は人間があんまりいじっちゃいけない」「(埋め立て前の幕張の浜は)アオサが腐ったにおいがした。これは生命のにおい。決してマリンブルーではなかったが、人間も魚も貝も生き生きとしていた。今は、生き物の音も声も聞こえない。幕張の海は死んだ」(朝日新聞、1996年2月21日付け夕刊)
 ところが、市川市などは、生き物がたくさん生息するなど自然豊かな猫実川河口域の浅瀬を埋め立てて、「幕張の浜」や「いなげの浜」と同じような人工海浜をつくるべき、と主張しているのです。今ある自然豊かな浅瀬をつぶして人工干潟(海浜)をつくったり、造成の実験をするのは、自然破壊であり、たいへんなムダです。


●人工干潟を思いどおりにつくることは不可能

 県企業庁などは、「船橋海浜公園前は航路を埋めて造った人工干潟。だから、幕張の浜などとちがって、三番瀬ではうまく人工干潟がつくれるはず。山砂ではなく、海の砂を使うから大丈夫」と言っています。
 しかし、そんなことはありません。船橋海浜公園前の砂浜は、県が1970年代、もともとあった干潟を浚渫して船橋航路と市川航路を結ぶ「分岐水路」(横引き航路)として利用したところです。ところが、深い航路に立つ波の力は激しく、前面の砂を流して航路を埋めてしまうため、航路をくり返し浚渫しなければなりませんでした。また、1974年の台風で、埋め立て地側の垂直護岸がいたるところで倒壊しました。自然の力にはかなわなかったのです。そのため、県はついに「分岐水路」を廃止し、1979年から2年をかけて、ここを埋めもどしてしまいました。
 重要なのは、その際、もともとの干潟よりも高く盛り土し、50分の1の勾配でつくったのが、波の作用で勾配が120分の1になるまでに削られてしまったことです。この点については、1998年8月20日付けの朝日新聞がこう記しています。
 「かつて公園(船橋海浜公園)に面した遠浅の海を、沖合350メートルにわたって人工海浜とする計画が進められ、大量の土砂が運び込まれた。ところが、数年のうちに土砂は激しい潮の満ち干で削られ、いま残る砂浜はわずかしかない。自然の姿に戻ろうとする三番瀬の力強さの前に、人知はあっけなく敗れた」
 このことは、三番瀬においても、人間が思い通りに人工干潟をつくることは不可能ということを示しています。
 さらに重要なのは、船橋海浜公園前の場合は、埋めもどしをした箇所の前面に天然の干潟が残っていたために底生生物が生息し、シギやチドリなどの水鳥が飛来したり潮干狩りも楽しめるようになったことです。といっても、この箇所に生息している生物は、前面の天然の干潟や浅瀬と比べると、ずっと少なくなっています。この点は、たとえば風呂田利夫・東邦大学教授も、「(天然の)三番瀬と比べると生物の種類数、生息量は貧弱である」(『水情報』Vol.18、No.5、1998年)と指摘しています。


●今ある自然をつぶしての疑似自然づくりは時代遅れ

 いま求められているのは、「海の再生」「人と自然との共生」「里海(里浜)の再生」「環境保全開発」など、人間が勝手な名目をつけて、これ以上貴重な自然をいじらないことです。
 たとえば、奈良女子大学の和田恵次教授は人工干潟の造成について次のように注意をうながしています。
 「一旦失われた干潟を新たに造る人工干潟の造成が、1973年以降各地で行われており、その総面積は約900ヘクタールに及ぶとも言われている。しかし、干潟そのものは造られても、そこの生物を元のように回復させることは不可能である。あくまでも今ある干潟をなくさず、そしてそこにいる生物への悪影響を与える要因をつくらないようにすることが最重視されるべき保全の方途であろう」(『干潟の自然史』、京都大学学術出版会)
 また、日本湿地ネットワークの代表をしていた故山下弘文氏も、次のように、貴重な自然をつぶして人工干潟を造成することをきびしく批判していました。
 「日本の官僚や政治家たちは、貴重な自然環境を徹底的に破壊し、それに代わるものとしての疑似自然を、莫大な税金を使って造成し『自然と人間の共生』であると強弁しています。これでは国際的な非難を受けるのは当然でしょう」(『西日本の干潟』、南方新社)
 市川市などは、ぜひ、こうした警告や批判に耳を傾け、今ある干潟や浅瀬をそのまま残すことを基本にして、三番瀬の保全策やラムサール条約登録への働きかけなどしてもらいたいと思います。
 ちなみに、市川市の田草川信慈・都市政策室長(当時)は、三番瀬フォーラムが開いたシンポジウム「三番瀬、21世紀への扉を開く──環境保全開発会議」(2000年3月開催)にパネラーとして出席し、こう語りました。
 「人工干潟の成功例はないという意見もあるが、三番瀬における人工干潟の造成を日本の中で最先端の事例にしたい。それを実現できる技術者は今のところいないが、そうした技術者を育てることも重要だ」
 すでに埋め立てられた場所で人工干潟の造成を試みることはけっこうなことです。しかし、今ある自然豊かな干潟・浅瀬をつぶして人工干潟の実験をすることは許されません。自然破壊であり、たいへんなムダです。
 つけくわえれば、市民団体「市川緑の市民フォーラム」やNPO法人「行徳野鳥観察舎友の会」などは、遊休埋め立て地を湿地にもどすことを基本にした市川市臨海部のまちづくり提案をおこなっています。新聞報道によれば、環境省も来年度から、公共工事などで失われた生態系を回復させる「自然再生型公共事業」に乗り出す方針を固め、過去に直線化工事が施された河川を元のように蛇行させる事業や、東京湾などで利用の進んでいない埋め立て地を湿地として再生させる事業などを予定しているとのことです。これは、欧米諸国では、すでに何年も前から実際にすすめられていることです。つまり、自然豊かな浅瀬をつぶして「湿地の模造品」や疑似自然をつくるのは時代遅れとなっているのです。そうではなく、たとえば「行徳野鳥観察舎友の会」が提案しているように、「時代の役割を終えた埋め立て地はすみやかに元の海にもどすべき」という視点からの湿地復元がいま強く求められているのです。
 ラムサール条約の「湿地復原の原則と指針(案)」は、「今ある質の高い生物生息地の保存を、復原より優先すべきである」とうたっています。こうした流れに逆行するようなことはもうやめるべきです。



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■船橋側11ヘクタールの埋め立て

 大型埠頭の建設は不要
  〜埋め立て面積が小さくても三番瀬に与える影響は大きい〜


 現行の埋め立て計画では、船橋側の浅瀬を11ヘクタール埋め立てて、船橋港(京葉港)の公共埠頭を拡張するとしていますが、これも問題があります。


●公共埠頭拡張はムダづかい
  〜ろくに使われない大型埠頭〜

 計画では、鋼材を乗せた3万トン級の船が公共埠頭に接岸できるようにするため、現在ある185メートルのバース(岸壁)を250メートル延長し、水深12メートルの大型埠頭をつくるとしています。
 しかし、よく知られているように、大型埠頭の建設は全国のどこでも破綻しています。たとえば福井港は、入港船舶数が少なく、利用率が計画の10%程度です。造られた大型岸壁や防波堤は、大型船舶が入港するどころか格好の釣り場になっているため、「百億円の釣り堀」といわれています。
 同じく、川崎港の公共コンテナ埠頭も「巨大な釣り堀」といわれています。275億円をかけて水深14メートルの埠頭がつくられましたが、大型船舶はほとんど接岸しません。「大型ガントリークレーンがあくびしている川崎港」(住田正二著『お役人の無駄遣い』、読売新聞社)といわれているように、利用率そのものも非常に低く、大赤字となっています。こんな「百億円の釣り堀」が、全国各地の港湾でつくられているのです。
 船橋港に目を転じると、1999年までの5年間に企業埠頭に入ってきた3万トン級の大型貨物船は1995年0隻、96年1隻、97年3隻、98年0隻、99年2隻という状況です。
 埠頭の整備には50億円かかるとされています。仮に既設の公共埠頭であつかえない1万トン級以上の船が入港し、近くの企業埠頭(水深12メートル)を利用して5000トンの鋼材をトレーラーを使って移動しても、400万円ですむといわれています。また、1万トン級以上の船であっても、「二港揚げ」(他の港で一部の貨物を卸してくる)や「三港揚げ」の最終港となっているケースが多いという現状を考えれば、既設の公共埠頭(水深10メートル)でも十分に対応できます。
 したがって、現在ある埠頭を利用し、なお公共埠頭で荷卸しできない鉄鋼船に対しては企業埠頭を使うようにし、使用料を補助した方が財政的にも合理的です。この点は、たとえば千葉港湾関係労働組合協議会の小林清吉事務局長も、「現在ある二つのバースを活用すれば、大型船の接岸は可能」と言っています。
 長く運輸省に勤務し、海運と港湾についての専門家を自負している住田正二氏(JR東日本最高顧問)は前出書の中で、「今建設中の大型公共埠頭は、出来上がってもほとんど利用されないだろうと言っても過言ではない」「使われない港湾は意味がない。大型公共埠頭の建設が無駄遣いの元凶」「ろくに使われない公共施設は日本を滅ぼす」などと述べています。また、前出の小林氏も、船橋港の埠頭拡張計画についてこう批判しています。
 「年数回しかこない一部の大型船や荷主のために莫大な税金を使って埠頭を拡張する必要がどこにあるのだろうか。三番瀬をつぶしてまで大型船用の埠頭を建設する必要があるとはどうしても考えられない」
 いつ船が来るかわからない施設に巨額の税金をつぎ込むのは、もうやめるべきです。


●多様な生物が生息

 船橋側の埋め立て予定地(11ヘクタール)には、冬季は、スズガモ、ヒドリガモ、オナガガモなどのカモ類が常時500羽以上生息しています。希少種のカンムリカイツブリやハジロカイツブリもわりと多くいます。1992年から97年までは、この場所に天然記念物のコクガンが毎年飛来し、採餌や休息をしていました。防泥柵が設置され、周辺が立入禁止になっていることもあり、多くの水鳥の休息地となっているのです。とくに高潮位時には、防泥柵などでたくさんの水鳥が休息しています。
 ここは、かつて県が干潟を浚渫して「分岐水路」(横引き航路)をつくった場所です。分岐水路が廃止されてから20年を経り、ずいぶんと浅くなりました。そのため、いまでは多様な生物が生息する区域になっています。魚類、貝類(ムラサキイガイ、マガキ)、カニ類などが多量に生息しているのです。さらに、隣接する船橋航路から淡水が大量に入りこむため、三番瀬の他の場所とはかなり違った環境になっています。
 したがって、埋め立て面積が小さくても、ここを埋め立てることは三番瀬の生態系に大きな影響をおよぼすことになります。




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■資料

★関連図

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