東京湾の生命線を絶つな

〜1998年10月20日付け毎日新聞の社説〜



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 「地球は水の惑星。水、とくに湿地や干潟は生命の源泉なのです」。千葉県野烏の会会長をつとめた故石川敏雄千葉大名誉教授の言葉だ。しかし、石川さんが望む東京湾の干潟の、実に89.2%が埋め立てられてしまった。残るは盤州、富津州沖、三枚州、そして船橋、市川市沖にある1200ヘクタールの「三番瀬」だけだ。

 千葉県(沼田武知事)が三番瀬干潟(740ヘクタール)を埋め立て、下水道やごみ処理場、住宅、公園、レクリェーション、都市再開発、道路などの用地を造成しようとする計画が環境影響評価の大詰めを迎えている。10月19日には学識経験者や関係市長ら20人が加わる県の「市川二期・京葉港二期地区計画策定懇談会」が初会台を開き、検討を始めた。
 この段階で千葉県に「立ち止まり、熟慮し、新しい時代にふさわしい判断をめざすよう」望みたい。

 公共事業の評価という観点から疑問点をいくつかあげたい。
 第一に三番瀬埋め立て計画は、1960年代の高度経済成長期の臨海開発の構想に根ざしている。先行して失敗し、巨額の赤字をたれ流し続けている東京都の臨海副都心開発基本計画と共通点が多い。千葉県企業庁が既に湾岸を埋め立て造成し、約900億円の債務とともに売れ残っている工場用地や住宅用地の利用をどう考えているのか、行政の整合を考えてほしい。
 肥大から成長管理へ、時代の状況は変わりつつある。
 第二に、都市計画の視点からも熟慮してほしい。用地の必要度が高いとされる大規模な下水処理場と廃棄物最終処理場、それに湾岸の広域幹線道路計画に都市計画行政面からより合理的な代案はないのか。流域下水道に代わる都市下水道へ。「集めて、燃やし、埋める」から「分別収集、再資源化」へ廃棄物処理のルールを政府が大転換したばかりではないのか。道路にしても県企業庁が造成した“空地”を有効利用できないのか。
 第三に、環境面からは指摘すべきことがたくさんある。人工海浜をつくり、野鳥の森を配置することで損なわれる三番瀬の自然の大循環系がどれほど回復できるのか。東京都が手がけたお隣の葛西の人工干潟の惨たんたる造成の過程を教訓にしてほしい。

 千葉県は埋め立て面積を500ヘクタールにとどめ、事業費を3分の1に滅らして計画を立て直す構えだ。しかし問われているのは行政の状況判断である。
 水深1メートルに満たない三番瀬はアサリ、ノリ、イシガレイの好漁場で日本で最大級の水鳥、渡り烏の採餌(さいじ)場となっている。13万人分の生活排水の浄化力をもつとされる。その生態系を調査した千葉県補足調査専門委員会は、動植物プランクトン302種、底生生物155種、魚類101種、鳥類89種の生息を確認した。東京湾にも例のない「生命の源泉」といえよう。干潟は気候を和らげ、水を清め、生態系を保つ。海と触れ合う機会を生み、心なごむ景観を形づくる。「臨海部では未利用地を有効に利用することとし、海面の埋め立ては抑止するのが基本」(環境庁の「東京湾水域環境懇談会報告」)であろう。
 干潟の経済的な効用を追う余り、かけがえのない環境と文化への価値を失ってはならない。





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