「三番瀬の自然再生」を置き去りにした!
〜三番瀬円卓会議の1年を振り返って〜
千葉の干潟を守る会 竹川未喜男
■ハードな日程で「中間とりまとめ」を作成
円卓会議は毎月、2回の小委員会(「海域」と「護岸・陸域」の各1回)と、1回の円卓会議というペースで開かれてきました。2002年の2、8、11月には専門家会議が開催され、7月には2日間の円卓会議もありました。会場も遠い場所を転々とし、開催はほとんど日曜か祭日、そしてウイークデーの午後5時からです。委員さんはもちろん、傍聴者にとってもたいへんでした。
回を重ねるにつれ、参加者も欠席者も次第に決まった顔ぶれとなってきました。
こうしたハードな日程も、すべては、年内に三番瀬再生の基本方針をつくり、緊急課題をすすめ、国の予算を確保しようという知事の要請があったからでしょう。12月23日に開かれた第9回円卓会議で「中間とりまとめ」が承認され、25日に知事報告がされました。果たして「千葉モデル」の成果はあがったのでしょうか。
■県民多数の願いとかけ離れた議論内容
12月15日に開かれた今年最後の護岸・陸域委員会において、冒頭、きびしい注文が出ました。
「どうして海のことばかり議論するの! いつまでに何をつくるのですか、決めてくださいよ!」産業界と漁業関係代表の委員からでした。まあまあ、となだめに入ったある環境団体の委員は、こうした意見について「簡単に否定できないもの」と助け船を出していました。いつもの構図です。
「使えぬところ(注:猫実川河口域のことだと思われます)は埋めるしかない! 一致できないことはもうどうしようもないんだ!」
この8月、意見公募で示された多数の県民の願いは「埋め立て中止を喜び、自然と生き物の保全を望む」ものでした。こうした願いとは別世界のような場面でした。ここに、今回の「中間とりまとめ」にいたる会議の問題点と、そのむずかしさが示されています。
■根本問題は「再生の概念」の内容にある
この1年間、「三番瀬の再生」論議には、多くの方のエネルギーと税金が投じられてきました。しかし、県民の気持ちと離れてしまった最大の原因はなんだったのでしょう。
私はそもそも、三番瀬の「再生」とはどういうことかを論じた「再生の概念」の内容に原因があったのではないかと思います。これは、先日の第9回円卓会議(12月23日開催)において大浜清委員も指摘した問題です。大浜委員の指摘は「今さら何を……」ということではねつけられてしまいましたが、その時、私も会場から大声をあげたい思いでした。
問題の「再生の概念」という問題は、そもそも円卓会議の発足にあたり、最初に議論したテーマでした。それは「再生」の言葉をどうとるかで、右へ行くか、左へいくかを決め、いわば円卓会議の「憲法前文」をどうするかの論議でした。
「三番瀬の再生においては、まず埋め立て計画が行われなくなったことの影響に対する手当を行う。そして、環境が悪化しているところがあれば正していく。これらにより、三番瀬の環境を維持・回復する。さらにそれを地域の向上につなつけていく。これを実現するためには、可能な限り客観的データに基づいて、生態系・物質循環・食物網・流砂系・人間活動などがシステムとして円滑化され、生物多様性が確保されるように努力する。この活動は市民・NG0・漁業者・利用者・行政・研究者などのパートナーシップによって行われるものである。また、同時に、この活動を通じて三番瀬の将来を担う人材育成を行っていく」これが、通称“7行の「再生の概念」”と呼ばれたものの全文です。
この「概念」についての論議を皮切りとして、円卓会議や、設置された2つの委員会において、「再生についての考え方」という議題で、「検討の範囲」「再生の目標」「現状認識」「緊急に対応すべき事項」「再生のために行うべき事項」というように論議が進められました。
しかし、決められた5つの「目標」をはじめ、すべての項目は最後まで優先順位なしの並列のままとなりました。ただ一つ、再生の基本方針の中で作業手順までつけて明記されているのが、この「憲法前文」だったといえます。
■三番瀬再生の主題は、埋め立て中止によって止まった
諸計画や思惑の手当に変わった
私たちは、「残された財産・三番瀬の海と生き物を守れ」「瀕死の海かどうか徹底した調査をせよ」「猫実川河口は豊かな生命を育んでいる、埋めてはならない」と、時間とエネルギーをかけ、会場でも、意見書やメールでも根気よく主張してきました。
そうした中で、次第にはっきりとした傾向が浮かんできました。それは三番瀬の再生の主題が、実は「海」ではなく「陸」であり、埋め立て中止によって止まってしまった計画や思惑をなんとか手当し、確保しようとする点に最大の焦点があてられていたのではないかということです。
はじめは、「人命、財産に危険な、壊れかかった直立護岸」や「アサリや海苔(のり)の漁獲を壊滅させる青潮」が緊急間題だと言われました。そこで、急いで護岸を検討する委員会と、緊急を要する現況調査をおこなう委員会の設置が円卓会議で決定されました。
緊急問題は大急ぎで対処し、再生のマスタープランはじっくりと、たとえ10年、50年かけても──というのが知事の考えでした。
しかしいつの間にか、緊急の護岸問題が「恒久護岸、高潮・津波対策」「防災のための人工海浜造成」「海岸保全区域の移動」「工業専用地域となっている後背地の用途地域変更」と広がってきました。護岸・陸域委員会では、「海」のことはもうしゃべってくれるなという暴論も出る状況です。
他方、「緊急現況調査」をおこなう委員会の方もまったく同じです。「調査」の名が消えて「海域小委員会」となりました。肝心の緊急調査は、金も時間もないから本格的な基本調査はムリとして除外されたり、資料調査となりました。
■市民調査の結果を軽視
〜アナジャコ群集の存在も認められない〜
国の予算確保のための手段としての調査計画が急がれました。そうした中で、海域小委員会への「連絡不十分」が原因とされて、後に委員辞職問題も出ることになりまた。
他方、この委員会では「自分たちの海でやることだ」「すでに決定している」という理屈で、覆砂や浚渫事業が県や市の予算がらみで進められました。
埋め立て論争のスポットとなっている猫実川河口域は、緊急調査の第一にあげられていました。しかし、本年度基本調査は緒についたばかりで、結果報告はまだまだ先のようです。
私たちは、この海域の市民調査を何回かおこない、生き物がたくさん生息していることを明らかにしました。アナジャコ群集の存在も判明しました。ところが、円卓会議では、こうした市民調査の結果が、「資料に出ていない」と理由で軽視されています。
「青潮はどうしようもないよ」(漁協委員)とあっさり言われる中で、進んでいるのは、エアレーシヨンなどのコンペとか、人工干潟、藻場造成工事の段取りばかりです。
■7行の「憲法前文」が一人歩き
〜「まず埋め立て計画が行われなくなったことの手当を行う」〜
こうした流れを助長したのは、「まず埋め立て計画が行われなくなったことの手当を行う」とした「憲法前文」が一人歩きし、それが再生手順の第一と考えられてきたからだと思われます。
論議の経過を精査してみると、ずばり、「再生の概念について」論議したのは第1回専門家会議だけです。そこで出された「手当論」の一部を紹介します。
「一つ問題を提起したいのが、海の再生なのか、それとも地域の再生なのかということです。三番瀬の自然環境を再生することがこの会議の目的なのか、それとも三番瀬があることを前提としたその地域の再生なのか、そのところを明確にしないと議論がこんがらがる可能性があるかなと思っています。(中略)海が存在することを前提としたあそこの地域の再生、地域の向上、そういうことをこの三番瀬の円卓会議が目指しているのだということを確認する必要がある」といった具合です。
「猫実川河口のヘドロが堆積しているところがあって、これは 740haでも 110haでも埋め立てが行われれば埋め立てられてしまった場所だ。ということは、ヘドロ問題だけについては一応そこで解決するというか、蓋(ふた)がされたという可能性があったわけですが、『埋め立てしない』ということになるわけですから、それは残っているわけです。仮にそこが海域全体、三番瀬全体に悪影響を与えているということであれば、これに何らかの対策が必要になるわけです。(中略)少なくともそういう埋め立て計画を撤回したことによる、影響に対して対策を講ずるということは、直接的な再生テーマとしているのではないか」
しかもこの「憲法前文」は誰が決定したというものでもない無責任なものです。この経過を第2回円卓会議へ報告した磯部雅彦委員(専門家会議の座長)は、「再生の概念」の文章についてこう述べています。
「結論を導くとか、決めたとかいうことは全くなく、あれもあります、これもありますという形の報告になる。最初の7行は、事情があって文章化したが、1から16までのキーワードからまとめたものである。文章化は専門家会議をやった後、座長が原案を作って……」と、専門家会議で認めたものではないことを明言しています。
■7行の「憲法前文」は一度も議論されたことがない
ところが、第7回円卓会議(11月9日開催)では、望月賢二委員が第3回専門家会議の報告に関連して、「三番瀬再生の概念」(案)なるものを説明しました。なぜこの日これが出されたかのと不思議に思いましたが、それなりに納得できるものでした。
しかし、倉阪秀史委員からはきっぱりと、「価値観の違いですから私は専門家会議の意見として認められません」との強い否定的発言がありました。大西隆副会長は「具体的になってくればそれほど違ったものでもないと思うが」と言いましたが、引き続き論議していくことで打ち切られてしまいました。倉阪委員も認めているように、実は上記の「憲法前文」は、専門家会議であれ、円卓会議であれ、一度も論議したこともなく、認められた事実がありません。
にもかかわらず、この7行の「憲法前文」はフルに使われました。「再生の基本方針」の冒頭には常にこの前文が置かれ、今回の「中間とりまとめ」でも同じように頭に据えられています。しかも、原案には「ひとまずまとめました」とありましたが、その「ひとまず」が削除され重みがつけられました。
第1回専門家会議を欠席した望月賢二委員は、提出メモの中で、「本日の専門家会議は今後の方向を決定的にする重要な会議である」と書きました。そのとおりに、以降の会議での運営や議論の方向を決めていく「お墨付き」となったようです。
■三番瀬再生の基本問題が背後に押しやられてしまった
〜今年は「千葉モデル」による確かな一歩を踏み出してほしい〜
はじめに指摘したように、三番瀬円卓会議の議論は、埋め立てがもたらした自然環境破壊への反省の方向ではなく、中止でご破産になった計画の再構築や、目算の挽回(ばんかい)、利権の確保へと向かってしまったようです。
端的には、「海」から「陸」へ、「自然」から「経済」へと、もと来た道を歩きはじめたようです。痛い経験をした不動産屋的発想に未来はありません。
その結果、優先して論議すべき三番瀬再生の基本問題が背後に押しやられてしまいました。来年からの円卓会議は、海域、陸域、河川域について現況調査を本格化すること、そして共通認識の拡充を第一にし、次のような課題に軸足を置き、「千葉モデル」による確かな一歩を踏み出してほしいものです。
具体的には、以下の点を求めます。
- 三番瀬の自然保全事業について県民、関係自治体への協力策要請アピールを発する。
- 国や東京湾岸自治体へ向け、脱埋め立て、河川浄化の共同宣言案を発信する。
- 三番瀬環境悪化の根本的原因である江戸川放水路と市川航路の長期対策を立てる。
- 三番瀬臨海部をつなげる規模で、維持可能な安定したラムサール登録三番瀬自然公園と、それを活かした陸・海域の総合的再生計画を検討する。
(2003年1月)
ハマシギの大群。三番瀬はラムサールの
登録基準を十分に満たしています。
円卓会議は、ラムサール登録を前提とした
再生計画を検討すべきです。
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