★集会「ムダな公共事業ストップ─財政問題と三番瀬」


■講 演

日本の危機と三番瀬


ジャーナリスト 小 川 明 雄



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 三番瀬埋め立て反対の運動を進めている「三番瀬を守る署名ネットワーク」は2001年3月11日、市川市勤労福祉センターで「ムダな公共事業ストップ─財政問題と三番瀬」と題する集会を開きました。
 集会では、ジャーナリストの小川明雄氏(元朝日新聞論説委員)が「日本の危機と三番瀬」というテーマで講演しました。以下は、小川氏による講演要旨です。


 



1.三番瀬が示す公共事業の本質

 私の話のタイトルは「日本の危機と三番瀬」ですが、このタイトルをご覧になって大げさだとお考えでしょうか。実は、日本の危機と三番瀬問題は深い関係がある、というのが私の考えです。
 なぜなら、日本は危機に直面しています。それは財政が破綻する危機です。消費税を30%に引き上げるか、インフレしか、この問題は解決できないところまできています。
 こうした財政危機の犯人は公共事業です。そして、その公共事業は、国や自治体の財政を破綻させるばかりか、自然を破壊する、大小無数にある三番瀬の埋め立てのような事業からなっているのです。
 三番瀬はすでに結論がでています。三番瀬の埋め立てはやめさせなければなりません。また、埋め立てを推進してきた県企業庁は解体しなければなりません。といっても、企業庁の職員のクビをきるというわけではありません。
 三番瀬埋め立てから、川辺川のダム事業、赤字が明らかな新幹線まで、日本の多くの公共事業には、整理してみますと次のような共通点があります。
  • 計画に納税者である市民が参加していない。
  • 不必要なばかりでなく、財政にも自然にも有害である。
  • 行政、議会、ゼネコンなどの事業者の癒着が丸見えである。
  • 日本の公共事業の多くは、中央政府から市町村にいたる癒着構造、政財官複合体による複合体のための事業である。つまり、日本の公共事業の大半は複合体の私的利権になっている。
  • 反対運動がおきると、筋の通らないカネで解決しようとする。
  • 事業が強行されて、失敗だった、つまり環境や景観を破壊した、財政赤字を増やしただけだ、と分かっても、行政も議員も、ましてやゼネコンなどは責任を一切とらない。
  • そして、まさにこれが中央集権国家なのだが、三番瀬のような大きな事業はもちろん、多くの自治体の公共事業は、霞が関との共同事業になっている。このため、反対運動は自治体ばかりでなく霞が関まで視野にいれなければならない。その証拠に、三番瀬の埋め立て事業も、霞が関がつくった「全国総合開発計画」にちゃんとはいっている。つまり、みなさんは、この反対運動を通して、日本の自治体ばかりでなく、日本そのものに対決していることになる。


2.日本の危機

 いま日本は戦後最大の危機に直面しています。それは財政危機に端的にあらわれています。後で説明しますが、財政危機は私たちの生活のいろいろな方面に危機をもたらします。ですから、財政危機というのは日本の危機ということなのです。
 大蔵省の試算ですと、日本の国と地方自治体を合わせた借金は2000年度末に645兆円になります。同年度の国家予算は85兆円ですから、その7倍です。これは国内総生産(GDP)の129%にあたり、膨大な軍事費で国家財政が破綻した1943年の水準です。
 小渕前内閣は「景気を回復させてから、借金を返していけばいい」と主張し、景気を回復するためと称して、公共事業を中心とする景気対策を次々に打ってきました。後継の森内閣のスタンスも同じです。
 それでは、ある程度、景気が回復すれば、借金を返していくことは可能でしょうか。次の表をごらんください。







 これは国の借金の残高と利息に関する大蔵省の将来試算です。この試算の前提は、(1)これ以上、予算規模を増やさない、(2)経済成長率を3.5%とする、などです。これだけ楽観的な前提でも、借金は減るどころか、雪だるま式に増えて2013年までには倍増し、利息は爆発的に増えて3倍になります。答えは明らかです。景気が回復しても借金は返せないのです。
 一方、自治体の借金の将来試算はでていません。それは、恐ろしくて出せないからです。実は、借金返済という点では、中央政府と地方自治体の対応に大きな違いがあります。中央政府の場合は、日本銀行にお札をどんどん刷らせることによって借金を返済することができます。もちろん、その結果、お札の価値は下がります。ところが、地方自治体はお札を印刷することができません。ですから、自治体の方が先に倒産しそうなのです。
 いずれにせよ、このままでは、千葉県など自治体が先に倒産するでしょう。それは三番瀬の埋め立てで象徴されるムダで有害な公共事業に狂奔したからです。日本という国は借金でつぶれます。対策は消費税を30%近い増税にもっていくか、超インフレか、両方の組み合わせかです。


3.大増税か超インフレか

 1998年に起きたことを想起してみましょう。橋本内閣が、少し景気が回復の兆しがでてきたと言って消費税を2%引き上げただけで、経済は急降下しました。
 インフレになったらどうでしょう。借金は帳消しにできるでしょう。しかし、私たちの収入、年金証書、貯金通帳は紙くずになります。株も暴落するでしょう。
 このように話すと、「株は2万円に届くこともあるし、我々の生活もまあまあだ。そんな事態にはならない」という反論があると思います。
 しかし、経済の崩壊は突然やってきます。たとえば、1929年のニューヨーク株式市湯の暴落に端を発した世界恐慌では、その直前まで米国は繁栄を謳歌していました。身近な例では、日本のバブル崩壊があります。
 しかも、日本には、他の国に見られない危険があります。いままでお話してきた借金は、国と地方自治体が公式に認めた借金です。そのほかにたくさんの借金があるのです。
 お聞きになったことがあると思いますが、まず「隠れ借金」というのがあります。たとえば、旧国鉄から引き継いだ借金は30兆円です。その利息は一般会計から払っていますが、借金の本体はそのままです。また、地方交付税交付金持別会計の借金が40兆円近くあります。このほか、借金の返済基金への繰り入れを遅らせたり、年金、健康保険、失業保険などにおける国の負担分支払いの繰り延べもあります。こうした「隠れ借金」が全体で120兆円あるというエコノミストの試算があります。
 つぎに、私が「影の借金」と名づけているものがあります。「隠れ借金」はそのつもりになれば、どこかに数字が公開されています。しかし、「影の借金」は情報さえ隠されてきました。たとえば、いま75ある特殊法人の借金が全体でどれだけあるのか、国会で明らかにされたことはないのです。
 このところ、やっと貸借対照表などが公開されるようになりました。計算してみると、特殊法人の借金の合計は360兆円です。このほか、自治体の公社や自治体が参加している第三セククーが無数といっていいほどあります。伏魔殿といわれるこうした組織に全体としていくら借金があるのか誰も知らないのです。こうしてみると、日本の借金はすでに1000兆円をとっくに突破しています。大増税か超インフレかという問題がますます現実味を帯びてくるのです。


4.昔は軍事費、いま公共事業費

 どうしてこんな事態になったのでしょうか。いまでは、多くの日本人はその答えを知っています。そうです。昔は際限のない軍事費が日本の財政を破綻させ、国をいったんは破滅させました。いまは、公共事業が日本の財政を破綻させ、国を破滅させようとしています。
 たとえば、国の借金の7割は建設国債です。日本の公共事業は自治省の『行政投資』という統計によれば、年間で45兆円から50兆円に上ります。「隠れ借金」や「影の借金」も公共事業がらみです。
 次の表をご覧ください。









 これはOECDがまとめた統計から主要7カ国(G7)の1997年の公共事業費を抜き出したものです。日本の公共事業費は他の6カ国の合計より29%も多いのです。
 しかも、この数字には土地代が含まれていません。土地代を含めれば、日本の異常ぶりはさらに際立つはずです。この表は各国の全部の公共事業費が入っています。三番瀬でもこれまで使われたカネは入っているのです。三番瀬間題は日本問題なのです。
 この大きな違いはなぜ起きたのでしょうか。第二次大戦後、欧州の主要国は社会保障の充実に力を入れました。日本は「欧米に追いつけ追い越せ」というスローガンのもと産業インフラの整備に力をいれました。
 産業インフラの整備は必要でした。しかし問題は、1970年代の初めまでにはその整備がほぼ終わったのに、その後もピッチを上げて続いていることです。その一つの例をご覧にいれます。次の表をご覧ください。









 建設省は日本の高速道路が足りないと言いつづけてきました。しかし、それは山がちな地形を無視したインチキな統計を使った主張です。有り体に言えば、国民をだますためのペテンです。人間が住める土地で比較すると、日本は世界一の高速道路王国なのです。米国は、財政や環境の問題から、1990年から高速道路の建設を止めています。それなのに、なぜ日本は続けるのでしょうか。
 しかも、建設省は当面の目標として高速道路をを1万4000キロ建設するといっています。誇大な計画目標をかかげ、現在の倍もつくるといっているのです。財政が破綻するのは当然で、これは誰が考えても無責任です。


5.なぜ公共事業は暴走するのか

 誇大な目標はなにも高速道路にかぎりません。日本にはダムが2800もあり、もう要らないのですが、さらに500以上のダムが建設中か、計画中です。これも水需要を過大に予測したからです。公共事業には、全国総合関発計画が一番上にあり、それを実現するための中期計画は全部で16ありますが、ほとんどが過大な予測にもとづく過大な計画になっています。埋め立ては港湾計画の一環です。
 「そんなことは知らなかった」というのが、大半の日本人の反応です。日本の財攻を破綻に追い込んだ予測はだれが、いつつくったのだ、という疑問が起きるでしょう。
 大半の日本人が知らなかったのも無理はないのです。長期計画も中期計画もほとんどが、官僚が選んだ官僚OBや財界人をメンバーとする審議会と官僚自身が手を結んで勝手につくり、それを閣議が決定します。ひどいのになると、閣議了解ですんでしまうのです。
 これだけ国民生活に影響が大きい計画ですと、本来は国民の代表である国会が審議し、縮減すべきは縮減すべきです。ところが、長期計画づくりには、国会は議決権がないどころか、相談にもあずかりません。スターリン時代のソ連でも、形式的とはいえ、日本の国会に当たる機関の審議と同意が必要でした。
 国会議員が相談されないのですから、公共事業に消える税金を払っている国民の声も一切反映されないのです。これが民主主義国家でしょうか。
 長期計画のもう一つの例をあげましょう。公共事業基本計画という長期計画があります。現行の計画では10年で630兆円使うことになっています。ところが、この長期計画は1990年ごろ、240兆円、ついで430兆円、そしていまの630兆円と、あっというまに激増しました。これも、官僚主導で閣議がそのまま承認し、決定したのです。
 全国総合開発計画という公共事業のお墨付き文書も同じ非民主的な方法でつくられてきました。公共事業関係の法律には、計画を見直すという条項がありません。暴走する車にブレーキがついていないようなものです。日本では官僚が法律を書きますから、自分たちの都合のいいように法律ができています。
 先ほど、日本の公共事業は1970年初めにはほぼ終わっていたと申し上げました。その後も止まらない最大の原因は、道路、ダム、土地改良事業、下水道、漁港、港湾、埋め立て、空港など、多くの分野の公共事業が、官僚を中心とした政官財複合体の利権と化したからです。複合体が利権を守るために公共事業をやっているというのが実情です。有り体にいえば、「公共」事業ではなく、政官財複合体の「私的利権事業」になっているといった方が実情に近いのです。そして、複合体は、さまざまな事業分野ごとに、永田町や霞ヶ関から市町村にいたるまで無数にあります。


6.危機回避のために

 では、日本の危機を回避するにはどうすればよいのでしょうか。この10年ほどいっしょに仕事をしてきた五十嵐敬喜・法政大学法学部教授と私は、その処方菱の概要を2000年の『世界』4月号に書き、多くの方々に読んでいただき、賛同の声をいただいています。
 簡単にいえば、公共事業が日本の危機をもたらしているので、処方箋も公共事業を10年で半減することを軸にしています。半減して節約できたおカネで膨大な借金を少しずつ返し始める。同時に、欧州諸国にくらべて遅れている社会保障制度の充実にも使います。義務教育で現在の1学級40人という定員を20人に減らすことも重要な目標です。
 これまでは、大蔵省が各省庁の要求をのむという形で予算を編成してきましたが、この方法を抜本的に変えます。来年に始まる省庁再編成で、内閣、とくに経済財政諮問会議が予算の大枠をつくることになっています。このシステム改革を利用して、その大枠をつくるにあたって、諮問会議に10年で公共事業予算を半減する義務をおわせる法律をつくるのです。
 そして、これまで国会が関与できなかった公共事業の長期計画やそれを受けてつくられる16の公共事業中期計画はすべて国会の審議と承認を必要とするという法律をつくる。中期計画には「箇所付け」も添付します。国会の審議では、公聴会を開くなどして、事業者が必要性を謎明できないものは削除していきます。
 このように言うと、「公共事業がなければ経済が失速してさらに悲惨な結末になる」という反論があります。「地方の経済をどうしてくれるのだ」というお叱りの声もあります。
 しかし、これは過去にとらわれた議論です。経済の波及効果にしても公共事業の効果は急速に減っています。雇用にしても、公共事業より、介護、保育など社会保障制度の方が人手をより多く必要としています。
 実際、茨城県など多くの自治体で、社会保障の方が公共事業より経済波及効果はもちろん、雇用でもプラスが多いという計算がでています。市町村で公共事業を削って社会保障にまわすところが増えてきました。しかも、住民が快適な生活を送れるようになるのですから、一石二鳥です。キーワードは、“公共事業から福祉事業への転換”です。ほかの国々、とくに北欧を中心とした欧州諸国では、この処方箋をはじめからやってきたのです。効果は証明ずみです。
 事態は急を要します。なぜなら、「隠れ借金」や「影の借金」はもちろん、「オモテの借金」の大半が、私たちの年金の積立金や郵便貯金、簡易保険積立金でまかなわれているからです。これらの借金が返せない、あるいは不良資産化したら、私たちの生活はインフレが来る前に破滅します。
 つまり、公共事業は、公的な借金を脹らませて消費税の超増税か超インフレを招くという重大な事態の原因になっていますが、その前に年金、郵便貯金、簡易保険といった制度が崩壊する危険を引き起こしています。公共事業にブレーキをかけ、それを大幅に減らしていくことが、いま日本で最大の政治課題でなければなりません。
 実は、ムダで有害な三番瀬の埋め立てに異議を申したてることは、日本の公共事業に異議を申したてることなのです。三番瀬、吉野川、藤前干潟、中海、諫早湾埋め立てなど各地で起きている異議申し立てが、永田町や霞ヶ関から、千葉県庁、千葉市、市川市などの公共事業推進体制を動揺させているのです。とくに成功している反対運動は、ねばり強い、豊富な知識とエネルギーに支えられた運動です。この三番瀬の運動のように。


7.最後に

 問題は、公共事業態勢を改革する処方箋を実現するために必要な法律を書き、成立させることです。だれが、真の改革を担うのか。そして、私たち個人としてはどうすればよいのか。三番瀬の埋め立て問題を考えてこられた皆さんには、答えがみえているのではありませんか。







講師の小川明雄氏








説得力のある話に150人の参加者が聞き入った









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