〜八千代松陰高校演劇部「飯盛り大仏」〜
超満員の大盛況
三番瀬保護団体などは(2009年)3月29日、八千代松陰高校演劇部による「船橋三番瀬物語 飯(めし)盛り大仏」を船橋市宮本公民館の「三百人劇場」で上演しました。超満員の大盛況でした。
劇は、江戸時代に三番瀬を守ろうとして権力(お上)に抵抗し、捕らえられて獄死した漁師を描いたものです。
原作は、津賀俊六さんが史実をもとにして創作した民話です。2007年に東銀座出版社から出版されました。脚本は、同高演劇部顧問の秋元正紀先生が手がけました。
津賀さんは「三番瀬を守る会」の副会長です。「三番瀬は、埋め立て計画が撤回されたものの、第二湾岸道路や人工海浜化構想などがあって破壊が心配されている。命がけで三番瀬を守った漁師の思いを感じてほしい」と述べています。
三番瀬保護団体のメンバーが高校演劇コンクールでの発表をみて感動し、市民にもみてもらおうと上演実行委員会を結成しました。
感動と絶賛の大きな拍手
演劇の内容はすばらしい出来でした。脚本もよくできています。演技も衣装も様になっています。大仏も、実物大の立派なものでした。見ごたえ十分です。
物語のあらすじはこうです。
三番瀬を徳川一橋家が直轄管理下にしようとします。目的の一つは、魚も貝も海苔も採れる豊饒(ほうじょう)の海を一橋家の縄張りにすることです。もう一つは、一部を埋め立てて知行地にすることでした。
漁民たちは、侍の脅しに屈せず、抵抗します。そのため、漁師惣代2人(団治郎、仁左衛門)が牢に入れられます。2人は、むごい仕打ちを受けながらも、直轄管理に応じることを拒否しつづけます。そして、とうとう獄死してしまいます。
最後は、漁師たちが「飯盛り大仏」の前で三番瀬を守り抜くことを誓うシーンです。
寅三郎(団治郎の息子)がこう言います。
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「親父さん、仁左衛門さ、そっちからおらたちが見えるかね。安心してくれ。これからは、おらたちが三番瀬を守るからな。おらたちの後は、わけえこいつらが守る。こいつらの子供や、孫たちが守る。もし守れなかったら、あの世で親父さんたちに会わす顔がねえだよ。どうか100年でも200年でも、おらたちや、後のやつらのこと、みていてくれなー!」
「ずーっと泣き通しでした」
アンケートには138人の方が記入してくれました。その一部を紹介させていただきます。
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「こんなにも心にくる劇をみさせていただくとは思わなかったです。感動しました。みなさんがセリフを自分のものにしているという感じで、とてもリアルに感じました。ずーっと泣き通しでした。こんなに劇で泣いたのはひさしぶりです。ありがとう! 来てよかったです。」(38歳、女性)
「昔も今と同じように三番瀬を守ってくれた人たちがいたことに感激! 高校生の芸とも思えないほど素晴らしいものでした。晴れ晴れとした気持ちで帰途につきます。」(未記入)
「三番瀬保護のボランティアに関わっていましたが、このような歴史があったことは知らなかった。もっと多くの人に知ってほしい。いつの時代にも権力者は三番瀬を自己の利益のために利用しようとしたのかと、憤りを感じます。生徒さん、立派でした。また他の所で再演を望みます。この作品は、松陰高の代表作品として代々、受け継がれていってほしいです。再演のために何かお手伝いをしたいと思います。」(60歳、女性)
「高校生の部活とは思えないほどの熱演に、思わず胸がしめつけられました。こんな昔から三番瀬の問題があったことを知ってびっくりしました。守りつづけましょう。」(65歳)
「三番瀬を守り続けなければいけないということを強く思いました。生徒さんたちの演技は上手で、びっくりです。感激しました。」(77歳、女性)
「同年代の人があそこまで役になりきれることに感心しました。次回の文化祭でも見に行きます。」(17歳、男性)
「勇気をいただきました。鑑賞できてうれしかったです。すばらしい内容でした。よくぞここまで演じられたか──。感動でした。作者の心意気、そして命をかけて三番瀬を守った先人たち。ずっと続けてこれからの人たちにも伝えてください。」(70歳、女性)
「とにかく一言、感動いたしました。命をはって海を死守する漁民の姿、演劇部の皆様の迫力ある演技力、間のとり方、腹の底から出る若々しい声、とくに婆ちゃん役の生徒さんの立ち居振る舞いは圧巻でした。素人とは思えない出来でした。誠にありがとうございました。いつまでも心に残る宝となりました。」(70歳、女性)
「私は演劇部のOGになります。パンフレットに“苦労した”と書いてあったバカ面踊りで拍手が湧いた時、思わず涙が出てしまいました。高校時代の苦労を知っているからかな(笑)。今回のことで三番瀬のことを知りました。ずっと地元にいますが、こんな話があったとは知らなかったです。“昔の人々の苦労やギセイ”があって今の私たちがいることを忘れずに生きていこうと思いました。ありがとう。」(25歳、女性)
「お疲れ様です。すごくいい公演でした。去年の文化祭からここまでいろいろとたいへんなこともあったと思いますが、役者もスタッフもとてもすばらしかったです。すばらしい時間をありがとうございました。」(20歳、女性)
実在の「飯盛り大仏」
この創作民話のもととなった「飯盛り大仏」は、不動院(船橋市本町3丁目4−6)の参道にあります。船橋市漁業協同組合が管理していて、毎年2月28日に大仏追善供養がおこなわれています。この供養は市の指定文化財になっています。
ちなみに、九州の博多湾で干潟保全運動をしている人たちが公演のビデオをみて感激し、4月25日に福岡市内でビデオ上映会を開いてくれることになりました。
300人収容の劇場は超満員となった
連日の拷問に屈せず三番瀬埋め立てを拒否する漁師惣代。迫真の演技だった
三番瀬を守るため、惣代は何も食べずに牢死した。漁師たちは、
惣代の意志を受け継いで三番瀬を守りぬくことを飯盛り大仏の前で
誓いあった。このラストシーンに観客全員が涙した
花束贈呈後のあいさつ
出演した演劇部員
公演のポスター。船橋市内のあちこちに張った
公演のチラシ
飯盛り大仏は、船橋市本町3丁目の不動院の参道にある
★関連ページ
- 義民伝も活用した三番瀬運動〜佐倉宗吾の漁師版「船橋三番瀬物語 飯盛り大仏」(中山敏則、2022/03)
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