藤前干潟における干潟改変
に対する見解について
(中間とりまとめ概要)
平成10年2月18日
環境庁企画調整局環境影響評価課
環境影響審査室
1.はじめに
藤前干潟の埋立事業に関しては、藤前干潟自体をフィールドとして人工干潟の実験を行うなどの報道が見られる。本検討会では、このような状況を考慮して干潟の価値の評価、人工干潟の評価、干潟での実験の在り方などについて、藤前干潟を題材にして、至急取りまとめたものである。
検討は、以下の委員により行われている。
秋山 章男 東邦大学理学部助教授
〈座長〉稲森 悠平 国立環境研究所総合研究官
尾崎 清明 山階鳥類研究所標識研究室長
木村 賢史 東京都環境科学研究所主任研究員
風呂田利夫 東邦大学理学部助教授
2.埋め立てられる干潟及び周辺の干潟・浅場の重要性について
(1)藤前干潟の鳥類の利用
事業予定地の干潟は、干出時間は周辺の干潟に比べ比較的少ないが、干出時間が少ない故にシギ・チドリ類が短時間で渡りに必要な餌を集中的に採餌することが可能な形でストックされている餌生物の食料庫の役割を果たしていると考えられる。このように、藤前干潟には、豊富な餌が採餌し易い形で温存されているため、また、周辺の浅場とともに周辺干潟への底生動物の供給源となっている可能性が高いため、この干潟の埋立あるいは改変の影響は予想以上に大きいものと考えられる。藤前干潟を改変することは、藤前干潟周辺も含めた干潟全体の生態系に重大な影響を与え、渡りのための食料庫を壊し、シギ・チドリ類の渡りの成否に大きな影響を与えることとなる。
(2)周辺の浅場と干潟の関係
生物の豊かな干潟は、干潟単独で成立維持されるものではなく、周辺の浅場とも密接な関係を持ちながら全体として生態系を維持している。一般的に底生動物の多くの幼生は、むしろ浅海域で過ごすなど、特に幼稚仔期には双方の環境に依存しながら生存している。このため、藤前干潟周辺の浅場は干潟生態系を支えている重要な要素といっても過言ではない。周辺浅場を改変することは干潟の改変と同様に深刻な影響を与えるものと考えられ、厳に慎む必要があると考えられる。
(3)藤前干潟の社会的価値
都心部の湾奥にこのような干潟が残り、かつ、全国1、2の渡り鳥の渡来地となっていることは、極めて稀な事例である。藤前干潟は、貴重な自然とのふれあいの場として積極的に保護していく価値が高い。
3.代償措置と環境保全対策の考え方
(1)代償措置の前に代替案の検討が必要
環境保全対策を検討する際には、先ず環境影響を引き起こす事業自体について、影響の回避・低減を図ることに最善を尽くし、更に残る影響について必要があれば、他の場所で同種の環境要素を創出する、いわゆる代償措置を検討すべきであることは、対策を抜本的、効果的に進める観点、代償措置の有する環境保全対策としての限界などから、当然のことである。
(2)代償措置を検討すべき場所
代償措置は、事業の対象用地において失われる環境を別の場所の環境の質を高め代償するものであり、既に環境の質の高い場所で代償措置を行うことは通常考えられない。現状で価値の高い場所は、その場所自体をそのままの自然環境として保全するのが当然である。
4.藤前干潟における人工干潟の造成及び
干潟の嵩上げ等の干潟改造について
(1)我が国第一級の自然干潟を改造することについて
自然が長い年月を費やして作り上げ、精妙な生態系のバランスを保っているものを人工的な構築物で模造することには、本来、様々な限界があり、価値の高い自然がある場合は、自然本来の姿をとどめることがまず最優先されなければならない。干潟の機能の代償措置としての人工干潟を造成するため、我が国第一級のシギ・チドリ類の渡来地である残りの現存干潟自体に改造を加えることは、無謀と言わざるを得ず、代償措置を実施する場所としては極めて不適切である。日本最大のシギ・チドリ類の渡来池であるという一事をもって、人工改変を避けるべき理由として十分である。
(2)我が国第一級の自然干潟の機能を代償する技術について
シギ・チドリ類の渡来地としての干潟を代償措置として造成するというのであれば、これは渡り鳥の渡来地の中でも最も優れた場所に相当するものを一挙に人工的に創出しようというものである。遠い将来の技術的課題として実験設備の中や生態系への悪影響の少ないところで取り組むべきであって、このようなことを、長年月の実験、実績を積むこともなく、当面する事業の環境保全対策として直ちに行おうとすることは、技術を過大に信頼した不適切な試みと言わざるを得ない。従来の自然干潟と同等の機能を再生する人工干潟の造成技術は、未だ確立されていない。
(3)浅場の埋立、干潟の嵩上げについて
干潟周辺の浅場は、干潟と一体となって、底生動物や魚類の高い生産性を維持する機能を有している。浅場を埋め立てることは、浅場から干潟に広がる一連の生態系を分断し、干潟の豊かな生物相にも大きな影響を与えることとなる。事業予定地及び周辺の干潟は、周辺の浅場とともに、干潟生物の供給基地的な役割を持っており、ここを埋め立てることは、残存する干潟の生態系にも重大な影響を与えかねない。現状で豊かな生物相を持ち、大潮時には多くのシギ・チドリ類等が集中するような良好な干潟を形成している干潟自体の嵩上げを行えば底生動物の量、多様性は、減少することはあっても増加することはなく、かえって貴重な干潟生態系の機能を損なうことになる。
(4)人工干潟の実験について
仮に環境の質の低いところで実験を行うにしても、人工干潟が定常状態に達するまでに少なくとも5〜10年あるいはそれ以上の期間が必要であり、実験の評価にもこの程度の年月を要すると考えられる。また、一時的に底生動物が豊富になったように見えたり、一過的な底質の変化により特定の種が短期的に大量発生したりすることが過去の例においても見られるが、このような現象も一時的なものであり、いずれ底質環境が定まってくるに従い元の生態系以下の貧相な生態系となっていることにも留意する必要がある。仮に実験を何らかの形で実施する場合であっても、実験規模、期間、場所は、実験のコンセプトを良く検討した上で科学的に決定すべきであり、周辺浅場や干潟の生態学的評価もせずに貴重な干潟・浅場を大規模に使用して実験を行うことは、非常識の誹りを免れない。
(参考)藤前干潟の概要
- 藤前干潟は、日光川、庄内川、新川の河口部に位置し、89ha程度の干潟。干潟の最高部は、年間約1,400時間(16.2%)干出し、名古屋港の最低の潮位(年間約84時間)の時に干潟の全貌が姿を現す。
- 藤前干潟には、渡りの途上であるシギ・チドリ類を初めとして多数の鳥類が集まり、採餌を行う。周辺の干潟が埋め立てられるにしたがい、かつて伊勢湾奥部を広く利用していた鳥類の生息の場は徐々になくなり、今日では、最終的に藤前干潟周辺がこれらの鳥類の唯一の採餌場となっている。
- 藤前干潟周辺には、60種程度の水鳥が毎年定期的に渡来し、環境庁のシギ・チドリ類の定点調査(1988〜1996年)において全国で2番目(最大数は堤防締切前の諫早干潟)の渡来数を記録。年度別の比較では春期には、全国一の渡来数を記録することが多い。
- 藤前干潟周辺は、ラムサール条約で保護すべきとされている湿地のクライテリフに適合し、世界的にも重要な干潟であると考えられる。国際的にも藤前干潟の保護については関心が高く、日本に渡来するシギ・チドリの越冬地であるオーストラリア、同じく繁殖地である米国や渡り鳥の保護に強い関心を持つWWF(世界自然保護基金)等が、藤前干潟の保護について強い関心を示している。
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