環境学栄えて環境亡ぶ

〜宮本憲一著『維持可能な社会に向かって』を読む〜

鈴木良雄



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 大阪市立大学名誉教授の宮本憲一氏は、住民の立場にたった環境学者として、公害反対運動などに大きな貢献をされた方です。

 氏は、高みに立ってモノを言ったり、住民を説教するような学者ではけっしてありません。問題の現場に自ら足を踏み入れ、常に地域や市民の視点にたち、環境調査や集会、住民訴訟などに積極的に参加してきました。いわば「行動する学者」です。
 川崎製鉄(現・JFEスチール)を相手取った千葉市の“あおぞら裁判”にたいしても多大な支援をされました。

 その宮本氏が、最近、『維持可能な社会に向かって』という本を岩波書店から出版されました。共鳴したり学ぶところが多く、いたるところに傍線(サイドライン)を引きました。


■気骨のある若手研究者がいない
   〜アスベスト問題〜

 印象に強く残った点をひとつだけあげます。それは、日本が「環境学栄えて環境亡ぶ」といえるような状況になっていることを嘆いていることです。
 まったく同感です。

 その一例としてアスベスト問題をあげています。
 昨年、アスベスト災害が表面化し、その深刻な状況が明らかになりました。
 ところが、史上最大の社会的災害になる危険性があるというのに、真剣に取り組もうとする気骨のある若手研究者がいないというのです。
 著者はこう書いています。
    《本書を編集したいと考えた直接の動機は、次のような衝撃を受けたためである。2005年6月のクボタ・ショックの後、すぐに私は関西労働者安全センター、クボタ本社、尼崎市役所などの調査にはいった。この時に、被害者の支援にあたった関西労働者安全センターの片岡明彦事務局次長は「調査にこられたのは先生が初めてです。これが十数年前ならば、若い研究者や学生がたくさんここに押しかけてきて調査をし、運動を手伝ってくれたでしょう。ところがいまは高齢の先生だけが来て、学生や若い研究者は誰も来ません。いったいいまの40歳台、50歳台の先生は何を教えているのでしょうね」といわれた。
     いま、インターネットを使えば情報がかなりの程度入手できる。しかし、公害・環境問題は現場に行って、加害者、被害者と行政官庁・研究機関などにあたらねば、その情報の真否はわからない。若い研究者や学生が、そのような研究の初歩を知らないことも驚いたが、史上最大の社会的災害になるかもしれないアスベスト問題に心をうごかされないような感性をもっていることに衝撃を受けた。被害の深刻さに正義感をゆさぶられないでどうして公害・環境問題の研究がすすめられようか。》


■環境学者は急増したが…

 こうも記しています。
    《1963年、私たちが日本で最初の学際的研究グループとして公害研究委員会を結成した時には、わずか7人の研究者しか集まらなかった。これは他の国でも同様であった。私たちの研究にたいしては、当時、企業や政府の圧力は強かった。たとえば私が四日市公害裁判で、最初の科学者証人として出廷した時には、匿名で刃物が大学に送られてきた。暗殺を予告する脅迫であった。しかし、それから10年もしないうちに、公害問題の研究に反対する者はいなくなった。いまでは誰もが、環境の保全を抵抗なく主張する。学界の場合も、環境関係の教育・研究をおこなう部門が増え、一種の流行となっている。環境経済・政策学会は実に千数百人の会員を擁し、毎年数十人の入会がある。かつての公害研究委員会には、わずか3人の経済学者しかいなかったことを思えば夢のようである》
 これが日本の環境をめぐる現実です。環境学者は飛躍的に増えました。しかし、深刻な問題をひきおこしている現場に足を運ぶ学者はわずかしかないのです。


■“環境学栄えて環境亡ぶ”を三番瀬にみる

 これは三番瀬も同じです。猫実川河口域(三番瀬市川側海域の一部)は、多種多様な生き物が生息したり、浄化能力が非常に高く、三番瀬のみならず東京湾の環境にとって重要な役割を果たしてします。その貴重な海域がいま、人工干潟造成という埋め立ての危機に瀕しているのです。
 しかし、この現場に足を運んだり、この海域を守ろうという学者はわずかしかいません。

 また、三番瀬“再生”にかかわる「三番瀬円卓会議」や「三番瀬再生会議」「三番瀬漁場再生検討委員会」「三番瀬環境学習施設等検討委員会」などには数多くの環境学者が加わっています。ところが、市民による定例現地調査を手伝ったりする学者は一人もいません。

 私は、以前からこういう状況に大いなる疑問をもっていました。ですから、“環境学栄えて環境亡ぶ”という著者の嘆きや問題提起は、まさに「わが意を得たり」です。


■“環境団体栄えて環境亡ぶ”という状況も

 この5月、「日本最大の自然保護団体」とよばれている環境団体の千葉県支部が、猫実川河口域の人工干潟化(=埋め立て)を求める意見書を千葉県知事に提出しました。
 東京湾にかかわる環境団体はものすごく増えています。しかし、干潟や浅瀬の埋め立てに反対する団体は“絶滅危惧種”の様相を呈しています。これは大阪湾も同じと聞きます。

 まさに、“環境学者栄えて環境亡ぶ”と同時に、“環境団体栄えて環境亡ぶ”という状況も生まれつつあるのではないでしょうか。

(2006年7月)






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