成田空港問題円卓会議は何だったのか?

〜成田空港と三番瀬は似ている〜

公共事業と環境を考える会


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■成田空港用地内農地の取り上げ諮問
  〜堂本知事が県農業会議に〜

 成田空港会社が成田市の専業農家から農地を強引に取得しようと堂本県知事に申請している問題で、知事は9月12日、県農業会議に対する諮問をおこないました。
 農業会議の審議は同月14日に開かれます。
 これにたいし、三里塚芝山連合空港反対同盟は同月13日、農業会議が拙速審議で「許可」の答申をしないことを訴え、千葉市内でビラ撒きなどを行いました。


■本来計画から36年遅れで完全供用へ
  〜成田空港の2500メートル平行滑走路〜

 一方、北側国土交通大臣は9月11日、成田空港の暫定平行滑走路(2180メートル)を北側に延伸して2500メートルとするための施設変更の許可書を黒野匡彦・成田国際空港会社社長に交付しました。
 これにより、「北延伸」の工事が本格的に動き出すことになりました。完全供用の予定は2010年3月です。予定どおりにいけば、じつに本来計画から36年遅れの完全供用となります。
    《成田空港の暫定平行滑走路(2180メートル)を北側に延伸して2500メートルとするための、航空法に基づく施設変更の許可書が11日、北側国土交通相から黒野匡彦・成田国際空港会社社長に交付され、昨年8月に国交相から北延伸の指示を受けてから1年余を経て、ようやく工事が本格的に動き出すことになった。平行滑走路の着工式は15日の予定。2010年3月に、本来計画から36年遅れて完全供用となる見通しだ。(中略)
     2500メートル平行滑走路の供用開始は、本来計画では1974年4月。ようやく完全供用にめどがついたことについて、黒野社長は会見で「やっとここまで来たという思いと、いかにも時間がかかったという思いがある」と感慨深げに語った。》(『読売新聞』2006.9.12)


■「円卓会議」で反対派農家をだました

 こうなると、「成田空港問題円卓会議」はいったい何だったのかとなります。
 1991年秋から3年あまり、成田空港をめぐって公開シンポジウムと円卓会議が開かれました。シンポと円卓会議には、成田空港反対同盟3派(北原派、小川派、熱田派)のうち熱田派だけが参加しました。
 議論の中で、運輸省(現国土交通省)は過去のやり方を謝罪しました。また、未買収地の強制収用を断念するとともに、話し合いによる姿勢を打ち出しました。
 こうした結果、円卓会議に参加した熱田派の地権者の一部は移転契約に応じました。また、円卓会議に参加しなかった小川派も、代表の小川嘉吉氏が拡張予定地内の所有地を売却するなどの変化がありました。これらの人びとは、約30年間におよぶ空港反対運動に終止符を打ちました。
 しかし、円卓会議の目的は、二期工事推進のためのアリバイづくりだったのです。
 新聞も次のように記しています。
    《一部の反対派農家と国が話し合いの席に着いた成田空港問題シンポジウム、同円卓会議で、国はそれまでの強制的な手法を謝罪した。しかし、国側は円卓会議に出した調査団の「所見」(1994年)に「平行滑走路の整備は必要という運輸省(現国土交通省)の方針は理解できる。ただし、用地取得は話し合いにより行う」との文言を盛り込むことを反対派農家にのませた。反対派農家は「これで平行滑走路はできない」と信じたが、国はその後、新滑走路計画を発表。農家にとってまさに「寝耳に水」だった。》(『東京新聞』2002.5.2)
 ようするに、政府などは反対派農家をだましたのです。


■成田空港と三番瀬は似ている

 三番瀬も、2001年に埋め立て計画をいったん白紙撤回したあと、2002年1月から「三番瀬円卓会議」や「三番瀬再生会議」が開かれています。
 そして、そこでの「合意」を得て、海をつぶしての石積み傾斜護岸建設などが進められています。今後でてくるのは、猫実川河口域(三番瀬海域の一部)の大規模な人工干潟化です。そして、そこに第二湾岸道路を通すことです。これは、白紙撤回されたはずの埋め立て計画と基本的に同じです。
 要するに、成田空港円卓会議と三番瀬円卓会議(再生会議)は非常に似ているのです。
 しかし、残念ながら、これを見抜いている人はごく少数です。「県民参加の再生会議があるから、人工干潟や第二湾岸道路はできない」などと考えている人がたくさんいます。今後の展開に要注意です。

(2006年9月)






《参考》

   成田空港の歩みと今後の計画

1966年7月 成田空港建設を閣議決定
 78年5月 4000メートル滑走路1本で開港
 93年5月 成田空港問題シンポジウム(91〜93年)で国が
      空港建設の進め方に問題があったことを認める
 93〜94年 成田空港問題円卓会議開催
2002年4月 2180メートル暫定平行滑走路の供用開始
2004年4月 成田国際空港会社に民営化
2005年8月 暫定平行滑走路北延伸を正式決定
2006年9月 北延伸着工
2009年10月 北延伸工事が完了
   12月 羽田空港4本目滑走路の供用開始
2010年3月 北延伸滑走路の供用開始
   4月 成田新高速鉄道の完成

 ※『毎日新聞』(2006年9月15日)より




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