千葉県自然保護連合事務局
堂本千葉県知事は(2001年)9月県議会のあいさつで三番瀬の101ヘクタール埋め立て計画を撤回することを正式に表明した。これは高く評価されることである。
ところで、知事は当初、101ヘクタール計画の撤回とあわせて新たな埋め立て見直し案を9月県議会に提示するとしていたが、これについては断念した。
■見直し案提示を断念させたもの
見直し案提示断念の背景には自然保護団体の運動があった。そのポイントを5点あげる。
- 県内の環境8団体が8月上旬、わずか20日間くらいで見直し計画案を作成するのは拙速であること。専門家や関係団体・住民などの参加のもとに慎重かつ十分な検討を行うこと。従来の埋め立て思想と決別し、わずかに残された干潟・浅瀬はこれ以上埋め立てたりつぶしたりしないこと──などを求める要請書を知事に提出した。
- 8月23日に開かれた県主催「第1回三番瀬シンポジウム」で、公開抽選で選ばれた20人の住民が意見を発表した。意見発表では、「三番瀬は東京湾に数少ない水鳥の生息地であり、渡り鳥の大切な中継地」「生物多様性豊かで、水質浄化に多大な貢献をしている」「これ以上埋め立てないでほしい」「子どもたちにそっくり残すべき」「知事は、白紙撤回ではなく、埋めないと断言してほしい」などの声が相次ぎ、“埋め立て反対”の意見が圧倒的多数を占めた。また、シンポジウムを2回開いただけで見直し計画案をつくるのはあまりにも拙速すぎる」などと、埋め立て計画案の作成過程に疑問をはさむ意見も多くだされた。
- 9月2日、ラムサール条約のデルマー・ブラスコ事務局長が三番瀬を視察し、「三番瀬は現状のままでもラムサール登録の条件を十分にそなえている」「三番瀬はできるだけ自然のままの今の状態で残すべきだと思う」「保全策を策定するにあたっては、行政や専門家、市民などの多くの関係者の参加を得て十分に慎重に検討してほしい」などと述べた。また、このことを翌日、堂本知事に伝えた。
- 9月7日に開かれた県主催「第2回シンポジウム」は、県が選んだパネリストによるパネルディスカッションがおこなわれ、ここでも、「三番瀬は貴重な自然」「計画作成には時間をかけるべき」などという意見が相次いだ。
- 9月15、16日の両日、日本湿地ネットワーク(JAWAN)主催の「国際湿地シンポジウム in 東京湾三番瀬」が市川市で開かれた。シンポでは、現存する湿地(干潟や浅瀬など)を保存することの大切さや、修復の問題が議論の焦点になり、「(堂本)知事のいう『里海の再生』が果たして真の干潟の保全とラムサール条約の精神に沿うものかどうか、人々の厳しい目が必要とされています」「人工干潟と引き替えに、安易に湿地破壊を行おうとする風潮に警鐘を乱打する」「目的のいかんを問わず、全国の湿地、干潟の開発を凍結、中止、廃止させよう」などとする宣言を採択した。シンポの翌日、この宣言をJAWANの辻淳夫代表らが堂本知事に直接手渡し、三番瀬をこれ以上埋め立てないように、と要請した。
■断念にいたった経過
こうした動きや運動によって堂本知事が新たな埋め立て見直し案の9月提示を断念したことは明らかである。
その経過を簡単にあげると、こうだ。
- 知事は就任後、三番瀬の101ヘクタール埋め立て計画は撤回すると表明したものの、埋め立てそのものをやめるとは決して言わず、「里海の再生」をしきりに強調しながら、一部埋め立てを示唆しつづけた。
新聞報道によれば、知事は、「漁協、自治体、市民団体などから要望を頂いたが、すべて同じではなく、ある程度妥協点を探らなくてはいけない」(東京、5/26)、「地域の全員が満足する案は難しく、ちょっと埋め立てたり削ることはあるかもしれない」(毎日、5/26)などと述べている。
- 7月30日、知事は、シンポジウムを開き、住民の意見を聴いたうえで、9月県議会に見直し計画案を示す方針を明らかにした。翌日の新聞は、いっせいに「9月県会に見直し案」「9月議会までに新案」などと報道した。たとえば『千葉日報』(7/31)は次のように報じている。
「堂本暁子知事は30日の定例記者会見で、東京湾・三番瀬の埋め立て問題について、8月と9月に市川市でシンポジウムを合わせて2回開催して住民らの意見を聴いた上で、9月下旬に開会予定の9月定例県議会に見直し計画案を示す方針を明らかにした」
- 8団体が、シンポを2回開いただけで新案を作成するのは性急であるなどと要請したが、知事は「(性急だと批判するのは)本当に一部ではないか。今まで相当に意見を伺っている」(読売、8/21)などと語り、9月提示の方針を変えようとしなかった。
- 県主催の第1回シンポジウムで、“埋め立て反対”の意見が相次ぎ、また、「シンポを2回開いただけで見直し計画案をつくるのはあまりにも拙速すぎる」といった疑問が多くだされたことで、知事は、9月県議会に「新たな計画案を提示する」としていたのを、「具体的な方向性を示す」に方針を変えた。
これは、知事の姿勢がかなり変わったことを示しており、県庁内でも、「シンポの衝撃が大きすぎて、知事も“方向性を示す”にトーンダウンせざるをえなくなった」「9月に新案を示すのは難しいかもしれない」という話が広がった。
- 三番瀬を視察したブラスコ氏が知事と会談し、「三番瀬は現状のままでもラムサール登録の条件を十分にそなえている」「三番瀬はできるだけ自然のままの今の状態で残すべきだと思う」などと伝えた。しかし、知事は会談後の記者会見で、「ブラスコ事務局長によると、三番瀬は現状のままでも登録できるようだが、登録すると一切変更できない。三番瀬を最も理想的な形にした後で登録するのがベスト、と認識が一致した」(毎日、9/4)とウソを言い、三番瀬に手を加えたあとにラムサール登録を考える方針を示した。
なぜウソかというと、登録湿地の改変は禁じられておらず、ブラスコ氏が「登録すると一切変更できない」と言うことは絶対にありえないからである。つまり、知事は、三番瀬の一部を埋め立てたあとに登録湿地をめざすという意向をもっており、新たな計画の方向性を9月県議会に提示することを完全には断念していなかったのである。
- 9月7日開催の「第2回シンポジウム」で、「三番瀬は貴重な自然」「計画作成には時間をかけるべき」などという意見が相次いだ。しかし、知事は閉会あいさつで、「時間をかけすぎて汚染が進むのも困る。焦らずに急ぎながらやりたい」(東京、9/9)と述べた。つまり、この時点でもまだ、新案の9月提示をあきらめていなかったと思われる。
- 決定的だったのは、9月15、16日に開催された「国際湿地シンポジウム」だった。県内外から400人が集まり、また海外ゲストなども参加して、「今ある干潟や浅瀬をつぶして人工干潟をつくるのはナンセンス」「三番瀬が守られるかどうかは日本の湿地が守られるかどうかの問題でもある」などの意見がたくさん出され、それをマスコミも大きくとりあげた。これで、知事は、9月県議会への新案方向性の提示を断念し、101ヘクタール埋め立て計画の撤回を表明することにしたのではないか。
この点は、たとえばJAWANの辻代表も、「国際湿地シンポジウムのあと、堂本知事を訪ねた折りの感触で、昨日のような決断がなされることを信じていました」と述べている。
■おわりに
知事が埋め立て計画の撤回を表明し、新たな埋め立て計画案を提示しなかったことについては、「知事がはじめから考えていたこと」「知事の姿勢は終始一貫していた」などという見方もされている。
しかし、経過をよくみれば、「知事がはじめから考えていたこと」などというのは皮相の見であって、「三番瀬の自然を今のまま残してほしい」「性急に見直し案をつくるべきでない」などとする県民や環境保護団体の運動の成果だったことがわかるはずである。
(2001年10月)
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