〜千葉県自然保護連合が三番瀬円卓会議「海域小委員会」に〜
(2003年)10月17日に開かれた第18回三番瀬「海域小委員会」で、三番瀬海域での「広域干潟の造成」や覆砂・人為的土砂供給などを盛り込んだ三番瀬再生計画素案が検討されました。
そこで千葉県自然保護連合は、海域小委員会の委員にたいして以下の要望書を提出しました。要望書は、「広域干潟の造成」や猫実川河口域への人為的土砂供給などは三番瀬の自然環境を悪化させる可能性が非常に大きいとし、この記述の削除を求めています。
要望書 |
2003年10月16日
三番瀬円卓会議
海域小委員会委員の皆様
千葉県自然保護連合
代表 牛野くみ子
順応的管理による猫実川河口域の覆砂や土砂供給について
三番瀬の自然環境をよりよくするため尽力されていることに敬意を表します。
さて、10月9日の三番瀬再生計画素案「拡大編集会議」において、素案の「漁業」に関する部分は第18回海域小委員会(10月17日)で検討することがきまりました。
この「漁業」にかんする記述のうち、次の部分は三番瀬の自然環境を悪化させる可能性が非常に大きいので、削除を求められるよう要望します。
〈改善目標〉
- 広域干潟の造成を長期的な目標として、土砂供給の人為的な応援(市川地先に砂を盛り、ゆっくりと自然に地盤高を高くする)や試験的な覆砂を行いながら順応的に岸側域の底質改善と流れの促進による環境改善を図ります。そのことによって、1982〜1985年当時のアサリ生息域の拡大、および付随効果として良好な底質環境の場所を好むイシガレイなどの生息場所が拡大し、稚仔魚の増加が期待出来ます。
- 猫実川河口域については、広い範囲が泥化しており、また、干潟になっている部分の面積も小さく、アオサの大量発生などにより水質悪化が進行し漁業にも障害を与えている状況ですので、下水道処理水の流入などによる窒素・リン負荷の削減や、水質改善などの方策を検討するとともに、試験的な覆砂や土砂供給の人為的応援により、泥干潟に生息する多毛類や軟体類、甲殻類の生息する環境の再生を目指します。
〈アクションプラン〉
- 当面目標として、市川側岸側域への試験的な覆砂や土砂供給の人為的応援により、環境と生物の変化を追跡し、広域干潟化の検討に資する。また、シミュレーションを行い、広域干潟化による流動環境の変化とそれに伴う生物相の変化について更に検討・解析を行う。
削除を求める理由
1.猫実川河口域の現状認識が誤っています
猫実川河口域は、1991年(平成3年)まで長年にわたって江戸川左岸流域下水道第二終末処理場の処理水が大量に放流されるなど、痛めつけたり汚されてきました。それでも自然の豊かさを維持しています。ハゼの子どもなどがたくさん泳ぎ回っています。魚のエサとなるドロクダムシやアミ類が大量に生息するなど、三番瀬でもっとも生物が多い浅瀬です。三番瀬保全団体が定期的に実施している市民調査では、アナジャコの穴もたくさん確認しています。それほどここは生命力豊かな浅瀬であり、浄化能力も高い海域です。
そして重要なことは、91年に下水処理水の放流先が旧江戸川に変更されて以降(大雨時は今も猫実川河口域に放流)、この海域の環境は安定していることです。
このことは、県の補足調査を手がけられた望月賢二委員(県立中央博物館副館長、三番瀬円卓会議委員)もたびたび強調されています。望月委員の指摘を一部紹介します。
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「猫実川河口域はつねに議論されるが、ここは、底泥データでみると平成に入ったあたりからほぼ安定している。この部分は三番瀬の水生生物の最後の生き残りの部分になっている。こういう点では、非常に貴重な部分である」(第7回三番瀬専門家会議での発言)
「(三番瀬は)水循環系の仕組みが失われたため、放置した場合、大部分が中長期的には砂浜海岸化するとともに、それに対応した生態系に移行する可能性が高い。ただし、猫実川周辺は、波や流れの点での静穏性が高いことから、泥質域として維持され、干潟特有の生き物の生き残り場所になる可能性が高い」(第7回三番瀬専門家会議への提示資料)
また、泥化していることが悪いような書き方をしてありますが、これも誤りです。猫実川河口域の底質が泥となっていることは、三番瀬の多様性にとって大切な役割を果たしています。このことは、補足調査結果でも明らかにされています。
2.猫実川河口域の覆砂や土砂供給は三番瀬の自然環境を悪くする可能性が大きい
「広域干潟の造成を長期的目標」にするとか「覆砂や土砂供給の人為的応援」を行うというのは、人工干潟を造成するということです。これは形を変えた埋め立てです。
猫実川河口域は、大潮のときは広大な泥干潟があらわれます。前述のように、生き物も豊富です。そんな貴重な場所に土砂を人為的に供給すれば、生き物は死んでしまいます。環境も大きく変わります。これは、土砂を少しずつ供給しつづけるという順応的管理の手法を用いても同じことです。
さらに、三番瀬の生態系は、多様な環境と生物、漁業などの人間活動が微妙なバランスを保ちながら成り立っています。したがって、独特の環境を維持している猫実川河口域の自然を人為的に改変すれば、三番瀬全体の自然環境に大きな影響を与えることが予想されます。
人工干潟は自然の干潟や浅瀬にはおよびません。人工干潟の成功例もありません。こうしたことから環境庁(現環境省)は1998年12月、「藤前干潟における干潟改変に対する見解について〔中間とりまとめ〕」を発表し、人工干潟による代償措置を厳しく批判しました。その結果、藤前干潟(名古屋市)における人工干潟造成(埋め立て)は中止になりました。参考に、環境庁の同レポートのコピーを添付します(資料1)。
また、世界自然保護基金日本委員会(WWF-Japan。現世界自然保護基金ジャパン)が市川市長あてに提出した要請書「東京湾三番瀬の干潟の保全に関する要請」も添付します(資料2)。この要請書では、猫実川河口域で人工干潟を造成することでは海の環境改善にはならないし、ノリやアサリの漁場の回復にはつながらない可能性が高いということが指摘されています。「現在よりも、干潟および浅海域としての環境が悪化し機能が低下する心配があります。猫実川河口域の埋め立ては、海や漁場の再生の妨げになる可能性があります」とも書かれています。
この点は、望月賢二委員も円卓会議でおなじようなことを再三にわたって指摘されています。
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「基本的に現在の三番瀬は極めて狭いこと、閉鎖性が強いことなどから、環境として不安定であると推測される。この傾向は狭くなるほど強くなるはずであり、海域面積の減少は避けることが望ましい」(第8回三番瀬専門家会議への提示資料)
「猫実川河口域は三番瀬の生態系の中で唯一の泥質環境であるとともに、汽水生物が唯一生息する場所である。また、この海域とその周辺域が三番瀬生態系全体に対して重要な場所であることから、保全が必要である」(同)
「三番瀬は非常に狭くなっており、このことなどからいろいろ問題がでている。さらに海域を狭くするということは、その傾向をより強くする。これはまちがいないことだ。したがって、三番瀬の再生にとってはマイナスの方向性になる」(第16回三番瀬海域小委員会での発言)
そもそも、自然は人間の思いどおりにはなりません。だから、覆砂や人為的土砂供給により、「泥干潟に生息する多毛類や軟体類、甲殻類の生息する環境の再生」などできるわけがありません。それを成功させたところはどこもないはずです。もし成功例があるというのなら、それを提示すべきです。
また、順応的管理の手法でやれば、底質、生物多様性、水質浄化機能などほとんどすべての面で現状の猫実川河口域の機能を上回ることが可能というのであれば、その根拠も示すべきです。
たとえば愛知県の三河湾では、すでに500ヘクタール近く人工干潟の造成が終わっているにもかかわらず、水質も漁獲高も下がる一方とのことです。こうした事例もしっかり検討すべきです。
ちなみに、護岸・陸域小委員会の上野菊良委員は同委員会の第4回会合でこう述べました。
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「猫実川干潟のところですが、あそこは生態系がそのまま今ありますね。生きていますね。そういうのをつぶして干潟をつくるというのは、ちょっとおかしい。環境というのは50年、100年、また1000年経てば新たな環境ができていくわけです。そういう意味で、今、猫実川河口域は干潟ができて新たな生態系ができていますから、それをまた覆砂して殺してしまってというのは、ちょっと愚かな考えだと思います。やるのだったら、何もしなければいいのです。100年、1000年経てば新しい環境ができ上がっていくのですから。私はそういうふうに思っています」
3.「今の状態はベストではないから、よりよい環境にするため養浜をおこなうべき」は詭弁
I委員は、「猫実川河口域はいまでも生物がいて、三番瀬全体の生物多様性に寄与している。しかし、今の状態がベストではない」と言い、よりよい環境にするために順応的管理の手法で養浜(人工干潟の造成)をおこなう必要があるということをしきりに強調されています。
しかし、猫実川河口域はもちろんのこと、三番瀬全体の環境が昔より悪くなっているのは当然です。三番瀬はすでに約半分も埋め立てられてしまいました。東京湾全体をみても、干潟・浅瀬の9割が埋め立てられ、いま残る干潟・浅瀬は三番瀬などわずかです。家庭雑排水や産業系排水、下水処理水なども大量に流入しています。これでは、三番瀬が埋め立て前よりも環境が悪くなるのは当然です。しかし、それでも三番瀬は自然の豊かさを維持しています。
それなのに、「今の状態がベストではない」と言い、「もっといい環境にするために人工干潟をつくることが必要」と結論づけるのはどうなのでしょうか。
I委員は、これを昨年の夏から主張されています。しかし、「人工干潟の成功例がないなかで、それで本当に環境がよくなるのか」という疑問にはまったく答えていません。
こんな論理がまかり通れば、藤前干潟(名古屋市)も人工干潟にすべきだったということになります。また、日本中の自然を人為的に改変することが可能になります。問題は、人間が今の自然を改変することによって以前の状態にもどすことができるのかということです。それは不可能です。自然は人間の思いどおりにはなりません。
4.猫実川河口域は堆積が進んでいるという自然環境調査結果やアサリ豊漁の原因などを究明することが先決です
10月10日の第9回専門家会議でようやく三番瀬自然環境調査結果の解析が議論されました。そこでは、猫実川河口域は浅くなっている(堆積が進んでいる)という結果が示されました。これは市民調査の結果とも一致します。
したがって、人為的に土砂を供給しなくても干出域の拡大が進む可能性があります。また、旧江戸川の水を猫実川を通じて流入させれば堆積の進行は早まるかもしれません。
さらに、いま、三番瀬はアサリの豊漁にわいています。新聞も、「アサリ、ざくざく 三番瀬で豊漁」(東京新聞、9月19日)、「船橋市漁協をはじめ、市川、浦安各市の漁協は、8月に入ってから連日約40〜50トンの水揚げを続けるなど、十数年ぶりの豊漁にわいている」「今年は、半月で昨年1年間の漁獲を超えるほど」(読売新聞、9月22日)などと報じているほどです。
そんな中で、急いで人為的な土砂供給などはすべきでありません。拙速は禁物です。自然環境調査結果の解析やアサリ豊漁の原因分析などをしっかりおこなうことが先決です。
5.三番瀬で求められているのは保全の強化であり、自然の改変はやめるべきです
湿地をめぐる世界の流れは、現存する干潟や浅瀬の保存を基本とし、すでに埋め立てられたり干拓された場所で湿地復元をはかることです。昨年9月のラムサール条約第8回締約国会議で採択された「湿地再生ガイドライン」(「湿地復元の原則と指針」)も、現存する湿地の保存が大事であることを強調しています。このガイドラインは世界中のどの湿地にも適用されるべき原則です。
国内でも、残り少なくなった干潟や浅瀬を保存することの大切さが叫ばれています。
こうした中、生き物が豊富で水質浄化能力も高い猫実川河口域の自然を人工的に改変するというのは時代錯誤であり、絶対に避けるべきです。三番瀬の海域で求められているのは、再生ではなく保全の強化です。
〈参考資料〉
- 環境庁(現環境省)「藤前干潟における干潟改変に対する見解について〔中間とりまとめ〕」(1998年12月)
- 世界自然保護基金日本委員会(WWF-Japan)「東京湾三番瀬の干潟の保全に関する要請」(1999年5月)
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