カキ礁を目の敵にし、

 三番瀬の人工干潟化を口説く本

  〜『干潟ウォッチング フィールドガイド』(誠文堂新光社)〜

「自然通信ちば」編集部


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■開発側にとって、カキ礁は目の上のたんこぶ

 4月8日に開かれた「日米カキ礁シンポジウム」で三番瀬の現状を報告した牛野くみ子さん(千葉県自然保護連合代表)は、「開発側にとってカキ礁は目の上のたんこぶになっている」と話しました。
 まさにそのとおりです。三番瀬の保全をめぐる最大の焦点は、猫実川河口域(市川側の海域)です。そこには、約5000平方メートルの天然カキ礁も存在します。これが第二湾岸道路(第二東京湾岸道路)の予定ルートにあるため、これをつぶさない限り道路はつくれないのです。


■カキ礁を“有害物”とし、三番瀬の人工干潟化を説く本
  〜市川市と東邦大学東京湾生態系研究センターの共同編集〜

 さて最近、『干潟ウォッチング フィールドガイド』という名の本が誠文堂新光社から発行されました。市川市と東邦大学東京湾生態系研究センターの共同編集によるものです。
 市川市は、これまでずっと三番瀬の埋め立てを積極的に推進してきました。いまも、猫実川河口域に土砂をいれて人工海浜(人工干潟)にし、「葛西臨海公園」(東京都江戸川区)や「海の公園」(横浜市)のようにしたいという構想を広報紙などでブチ上げています。これを東邦大学東京湾生態系研究センターや風呂田利夫氏(同センター・東邦大学教授)などが強力に後押ししています。
 この本は、随所でカキやカキ礁を“危険な生物”あるいは“有害物”として扱い、これを除去して人工干潟をつくることの必要性を述べています。まさにカキ礁にターゲットにした本といっても過言ではないと思います。
 以下、同書がカキやカキ礁について触れている箇所を転載します。


■「マガキは危険な生物」

 まず、カキを「危険な生物」と紹介しています。見出しは「危険な生物に注意!」です。
    《干潟の生物は、毒をもっているものは少なく、ほとんどの生物は安全だといえる。だが、少ないが危険な生物もいる。危険な生物を覚えて注意をしよう。》(91ページ)
 このように書き、「危険な生物」として「イシガニ・ガザミの仲間」「マガキ」「アカエイ」「アカクラゲ」の4種をあげています。マガキについては、「殻はナイフの刃と同じ。ぬれた手足はすぐに切れ、大けがをすることも多い」と説明しています。


■「カキは干潟に暮らしていた生物を追い出してしまう」

 「カキは、もともと干潟に暮らしていた生物を追い出してしまう」ということも強調しています。
    《干潟の一部がカキ礁になっている。カキの殻にはムラサキイガイやアメリカフジツボなどの外来種もすみつく。こうしてカキは干潟の表面をおおい、砂や泥のなかにすむアナジャコやシオフキ、カワゴカイ類など、もともと干潟に暮らしていた生物を追い出してしまう。静かに見える干潟でも、生物の激しい攻防戦がくりひろげられている。》(98ページ)


■「マガキと干潟生物の攻防戦」

 市川市は、浅瀬の猫実川河口域に土砂を盛って人工干潟にすべきということを主張しつづけています。「人工干潟にすれば、三番瀬周辺にもともと暮らしていたさまざまな生物をよみがえらせることができる」とか、「そのために、有害物であるカキ礁は除去すべき」とも言っています。
 この本にも、そういう主張が盛り込まれています。見出しは「マガキと干潟の生物の攻防戦」です。
    《昔、塩生湿地などがあった場所は、現在ほとんどが埋め立てられている。その埋立地を干潟に戻す。それが三番瀬の自然にとって、いちばんいいのは確かだ。しかし埋め立て地には工場や会社、住宅などが立ち並び、すでに干潟に戻すことは難しい。
     そこで残っている浅瀬のなかに人工的な湿地や干潟をつくり、三番瀬周辺にもともと暮らしていたさまざまな生物が暮らせる環境をつくることが、提案されている。しかしこのような再生を行うと、現在の環境に暮らす生物の暮らしをうばうことになるため、反対する人もいる。
     人工的に環境の再生を行うときには、現在ある自然の保存と新たに生まれる環境との間に「あちらをたてればこちらが立たず」の関係が必ず起こる。そのような場合は、将来的に見てどちらの環境が「自然」と「人間社会」にとってより重要かを、合理的に検討することが大切である。
     カキ礁は現在、三番瀬のほかにも、多摩川河口や葛西人工海浜の沖など、多くの浅瀬や干潟で増えつつある。カキ礁が広がると干潟の表面をおおってしまうことから、もともとそこに暮らしていた干潟の生物を追い出してしまう。代わりにムラサキイガイやフジツボなどの付着生物が増え、コンクリート護岸で見られるような生物が増える。
     一方、湿地や干潟をつくることで増えると思われる生物には、カワザンショウ、トビハゼ、ウモレベンケイガニ、ソトオリ、ハナグモリ、オキシジミ、カウアイなどがいる。これらの干潟生物は、東京湾の奥では現在、新浜湖、江戸川放水路、谷津干潟、葛西人工干潟などに、かろうじて生き残っている、東京湾の希少種である。》(113ページ)
 ちなみに、このページには、アオサに覆われた船橋側のカキ礁の写真が掲載されています。しかし、アオサがまったくみられない猫実川河口域のカキ礁の写真はいっさい掲載されていません。
 船橋側のカキ礁はアオサに覆われているのに、猫実川河口域のカキ礁にはアオサがほとんどない──。その違いがどうして起きるのかも、この本はいっさいふれていません。狡猾(こうかつ)としかいいようがありません。
 ちなみに、カキやカキ礁を研究している米国の専門家(学者)は、船橋側のカキ礁がアオサに覆われているのは、「チッソの流入がかなり多い海域となっているからだと思われる」(日米カキ礁シンポジウム)と指摘しています。


■「マガキと干潟の生物はいっしょに仲良く暮らすことができない」

 同書は、マガキと干潟の生物は「いっしょに仲良く暮らす」ことはできないとし、猫実川河口域を人工干潟にして「新たな干潟をつくる」ことの必要性をしつこく強調しています。見出しは「残すべき自然の意味を考えよう」です。
    《マガキと干潟の生物の関係は、残念ながら「いっしょに仲良く暮らす」というわけにはいかない。どのような生物が暮らせる環境をつくるかを選ばなくてはならない。そして自然環境の再生は、その場所の歴史を大切にすることが重要である。(中略)
     現在、三番瀬のカキ礁や泥干潟は、大潮の干潮時にだけしか現れず、ふだんは水中で見えない。また干潟が現れるときにも、陸との間には水が引ききらない浅瀬があり、干潟に行くには船が必要である。このため、地域の人たちにとって、三番瀬は遠い存在だ。
     陸地から続いた湿地や干潟が再生できれば、東京湾本来の風景が復活し、干潟の生物との日常的なつきあいが始まるだろう。しかし、人工的な環境をよりよく保つためには、常に見守り続け変化に応じた柔軟な対応を行う「順応的管理」が必要である。そしてその取り組みには、住民、行政、研究者など、多くの人びとが力を合わせて取り組まなければならないだろう。干潟の再生は、自然と地域の新しい関係の始まりでもある。》(114〜116ページ)
 このページには、「ヨシ原や湿地を人工的につくった三番瀬の再生予想図」も掲載されています。この再生予想図は、市川市の人工海浜造成構想図に沿ったそのものです。


■「カキは干潟の表面をおおい、他の生物を追い出して
  しまうことが問題となっている」

 「干潟生物図鑑」では、さまざまな干潟や浅瀬に生息するさまざまな生物が写真入りで紹介されています。マガキについてはこんな説明がされています。
    《食用としても有名な「蠣(カキ)」。ナイフのように薄く鋭い殻を持つ。湾の内側や河口で見られる。岸壁や干潟の杭、転石などに付いて増える。東京湾の奥部でも干潟や浅瀬で増え、巨大なカキ礁をあちこちにつくっている。干潟の表面をおおい、他の生物を追い出してしまうことが問題となっている。》(127ページ)


■「人と干潟のふれ合いの場をつくるために人工干潟化が必要」

 最後の「おわりに」の項でも、風呂田利夫氏が、カキを悪者扱いし、猫実川河口域を埋め立てて人工干潟にすることの必要性を強調しています。
    《1990年代、20世紀も終わろうとするころ千葉県は三番瀬の生態系に関する調査研究を行い、埋立ては三番瀬の環境に重大な影響を与えるとの結論を出した。これにより事実上埋立ては不可能となった。知事が代わり、三番瀬の埋立て計画が白紙に戻され、再生に向けた会議が始まった。そして三番瀬の干潟再生案が提案された。こうして、三番瀬は再生に向けてようやく動き出したかに見えた。
     しかし、それから何年が経っただろうか。「現状の三番瀬が良い。これ以上人間による改造は避けよ」との声に、環境を修復する動きはいまだに始まらない。
     このような状態のなか、市川市から「三番瀬と周辺の干潟に関する科学的調査」の依頼が東邦大学理学部東京湾生態研究センターにあった。この調査は行政関係者や住民の参加のもと、4年間にわたって行われた。(中略)
     この調査を通して、干潟や生物との肌のふれ合いが、環境保全に向けて行動を起こす感性の原点になることを確信した。その「人と干潟のふれ合いの場」を、三番瀬につくる必要性を強く感じた。環境保全を進めるためは、干潟を身近な存在にし、環境学習を進める必要がある。それが本書誕生のきっかけである。(中略)
     本書の出版にあたっては、東邦大学理学部東京湾生態系研究センターや市川市関係者のほか、干潟研究に取り組んでいる全国の研究者や東京湾でつながる友人から原稿執筆や写真提供の協力をいただいた。(中略)
     三番瀬に東京湾本来の海岸の風景を、それを取り戻そうと働く人たちの動きを、そこに住み着く干潟生物を、そして生き物と遊ぶ泥だらけの子どもたちの姿を…。それを見ることが本書の願いである。(東邦大学理学部東京湾生態系研究センター・東邦大学理学部教授 風呂田利夫)》(142〜143ページ)
 ここには、風呂田氏の持論が書き込まれています。端的に言うと、次の2点です。
  • 猫実川河口域を「人と干潟のふれ合いの場」とするため、この海域を人工干潟にすべき。
  • カキがある場所は「手袋をしないと危険で生物が触れない」。また、「人も鳥も干潟から遠ざけられる」。したがって、カキ礁を除去し、土砂を盛って人工干潟にすべきだ。そうすれば、子どもたちも安心して海や生物に触れることが可能となり、環境学習の場になる。
 要するに、人工干潟をつくることが三番瀬の環境保全でいちばん大切、というわけです。


■ペテンとごまかし

 ここには、さまざまなペテンやごまかしが隠されています。
 三番瀬の猫実川河口域には広大な泥干潟が広がっており、「三番瀬市民調査の会」が2002年から続けている調査で、動物127種、植物10種が確認されています。そのなかには、ウネナシトマヤガイ、オキシジミ、エドハゼ、ヤマトオサガニなど、県レッドデータブックに掲載されている希少種も6種含まれています。
 一方、県がおこなった生物調査(2004年〜05年)では、動物195種、植物15種が確認されています。そのうち、県レッドデータブックに掲載されている希少種は11種です。  まさに、ここは三番瀬の中でもっとも生物の多い海域であり、東京湾漁業にとっても大切な“いのちのゆりかご”となっているのです。
 しかし、この本は、そんなことをいっさい書いていません。この海域については、干潟に暮らしていた生物がカキによって追い出されてしまったかのような書き方をしているのです。
 さらに、「環境修復」や「自然再生」を名目に全国各地で人工干潟造成の試みがされていますが、成功例はひとつもないといわれています。
 また、浅瀬(浅場)をつぶして人工干潟をつくるという藤前干潟の埋め立て計画は、環境省(当時環境庁)から「技術を過大に信頼した不適切な試み」「非常識」などときびしく批判されました。
    《当面する事業の環境保全対策として直ちに行おうとすることは、技術を過大に信頼した不適切な試みと言わざるを得ない。従来の自然干潟と同等の機能を再生する人工干潟の造成技術は、未だ確立されていない。》
    《一時的に底生動物が豊富になったように見えたり、一過的な底質の変化により特定の種が短期的に大量発生したりすることが過去の例においても見られるが、このような現象も一時的なものであり、いずれ底質環境が定まってくるに従い元の生態系以下の貧相な生態系となっていることにも留意する必要がある。仮に実験を何らかの形で実施する場合であっても、実験規模、期間、場所は、実験のコンセプトを良く検討した上で科学的に決定すべきであり、周辺浅場や干潟の生態学的評価もせずに貴重な干潟・浅場を大規模に使用して実験を行うことは、非常識の誹りを免れない。》(環境庁「藤前干潟における干潟改変に対する見解について(中間とりまとめ概要)」
 同書は、この点にはまったくふれず、人工干潟にすればハマグリなどが復活するかのように、バラ色に描いています。
 そもそも、三番瀬などにハマグリなどがいなくなったのは、市川市などがおこなってきた野放図な埋め立て開発が原因です。しかし、そういう責任もいっさいふれません。しかも、市川市は、自らの自然破壊行為をいっさい反省せず、再び「人工海浜造成」という構想をブチ上げています。
 風呂田氏らは、そういう新たな“三番瀬つぶし”を後押ししているのです。
 ともあれ、この本は、三番瀬・猫実川河口域の泥干潟やカキ礁をねらい打ちし、人工干潟化(=埋め立て)を声高に主張するものです。
 そんな本に何人もの学者や専門家などが協力しています。おそらく、市川市などの意図を知らずに協力したのでしょう。協力者にとって人生の汚点にならないことを祈りたいと思います。

(2007年6月)


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