講演会「すばらしき泥! 泥干潟」(1)
泥質干潟の大切な役割を解明
〜加藤真・京都大学教授〜
三番瀬保護団体は(2007年)12月8日、「すばらしき泥! 泥干潟」と題する講演会を市川市で開きました。愛媛県や大阪府などからも参加がありました。
東京湾最奥部の船橋・市川両市の沖にひろがる「三番瀬(さんばんぜ)」は、自然豊かで浄化能力も非常に高い干潟・浅瀬です。2001年9月に埋め立て計画が白紙撤回されたものの、「三番瀬再生」という名で猫実川河口域(西側の市川側海域)を人工干潟にしようとする動きが強まっています。
三番瀬の船橋側は砂質干潟ですが、市川側の猫実川河口域には砂質干潟(泥干潟)が広がっています。ここにはアナジャコなど砂質干潟特有の生物がたくさん生息しており、三番瀬のなかでもいちばん生物相が豊かな海域です。
また、この海域には約5000m2の天然カキ礁も存在します。カキ礁は、水質浄化機能が高いだけではなく、魚礁としての機能も高く、海外においてはその価値が高く評価されています。
ところが、そんな猫実川河口域を「ヘドロの海」「瀕死の状態」「たいした生物はいない」とする主張がまかりとおっています。「泥干潟やカキ礁は三番瀬や漁業に悪影響を与えている」などと、泥干潟などを有害物扱いする論調も強まっています。県や市川市、地元漁協、一部市民団体などが、ここに土砂を入れて人工干潟にしようと躍起になっているのです。
そこで、泥干潟の大切な役割を明らかにしてもらうため、実行委員会を組んで講演会を企画しました。
講演会では、岩波新書『日本の渚』の著者である加藤真さん(京都大学教授)が「泥干潟の役割と保全」、NPO法人藤前干潟を守る会の辻淳夫さん(湿地ネットワーク代表)が「ラムサール条約湿地になって〜藤前干潟からめざす未来への航路」というテーマで講演しました。
加藤教授は、泥干潟の大切な役割をわかりやすく解明し、最後に次のように述べました。
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「三番瀬は、東京湾を代表する生物が力強く生き残っている。かつて生息していた生物で、失われたものもいるが、残っているものも多い。東京湾の濾過装置の役割を果たしているカキ礁も存在する。東京湾を再生する際は、こういうのが原資となる。そこを人工干潟(人工海浜)にするというのは、大事な場所を埋め立てるということであり、そういう発想は間違っている。大事なことは、本来の自然の価値を見直すということだ。そういう大事なホットスポットは改変すべきでない。」
加藤真教授の講演要旨 |
泥干潟の役割と保全
京都大学教授 加藤 真さん
(岩波新書『日本の渚』の著者)
■日本の渚をめぐる状況はいっこうに好転していない
私が『日本の渚』(岩波新書)を書いてからもうすぐ10年になろうとしているが、日本全国の渚をめぐる状況はいっこうに好転していない。
日本の渚を象徴するのは諫早湾の干拓だ。ここは日本でもっとも生物生産性が高く、強内湾性要素といわれる大陸性の固有の生物がもっとも多くいた場所だった。有明海の浄化を一手に担っていた。
しかし、そういう諫早湾を閉め切ってしまった。この計画については誰もが誤りだと指摘していたが、計画がそのまま進んでしまうという構造的な弱さがある。
汽水域を閉め切ったために、水が腐ってしまった。それが流れ出して有明海の生態系をよりいっそう悪くしている。これらは予測されていたことだ。
大阪湾には、いい状態の干潟はひとつも残っていない。まだ東京湾の方が残っている。大阪湾も、かつては写真のように潮干狩り客がたくさんやってくるようなすばらしい干潟が残っていた。
■干潟の生物の重要な役割
〜嫌気圏を好気圏に変える〜
干潟の生物のいちばんの特徴は、底質の透水性が悪いということだ。というのは、内湾は波の影響が少ないので、粒子が波による選別を受けない。そのため、細かい粒子がたくさん蓄積し、透水性が悪くなる。
透水性が悪いと、中にいる生物が呼吸をして酸素を使い果たしてしまうので嫌気(けんき)状態になりやすい。これが干潟の宿命的な弱さである。
酸素がなくなると土が黒くなる。それは、海水には硫黄がたくさん含まれていて、硫化水素になり、その硫化水素が鉄と結合し、硫化鉄になるからだ(鉄は酸素があると茶色の酸化鉄となり、酸素のない所では黒い硫化鉄になる)。硫化鉄というのは、黒い沈殿になる。これが干潟の宿命である。
けれども、ここに一つの光もある。写真で見るように、底質で黒くなっていない部分がある。これが干潟の生物の偉大なる力である。写真はゴカイの巣穴だ。ゴカイが底質に入っていくと海水が通る。その結果、海水に含まれる酸素が底質の中に入っていくことになるので、硫化鉄が還元されて酸化鉄に変わり、黒い沈殿がなくなる。
干潟にはたくさんの埋在(まいざい)生物(砂泥中に埋没して生活して生物)が棲んでいる。その埋在生物が、底質の中で活動するだけで嫌気中に水を循環させ、嫌気圏を好気(こうき)圏に変えるという重要な役割を果たしている。これが干潟の生物のいちばんの役割である。
好気圏のほうが分解能力ははるかに高い。だから、底質に酸素があればあるほど、好気圏が広ければ広いほど、干潟の浄化能力は高いということになる。
以上のことをまとめると、干潟は透水性の悪さによって嫌気状態になりやすい。しかし、埋在生物は、水を底質中に送ったり攪拌(かくはん)することによって、好気圏を広げる役割を果たしている──ということである。
■干潟の浄化機能を担うもの
これは非常に大事な点だが、干潟の底質の中には「濾過(ろか)食者」と「堆積物食者」というのがたくさんいる。濾過食者というのは、海水を濾過することによって海水の浄化を行う。堆積物食者というのは、底質を飲み込み、その中から餌を取り込むことによって底質の浄化を果たす。彼らが干潟の浄化機能を担っているわけである。
もうひとつ大事な点は、干潟の底質は嫌気状態になりやすいのだが、それが干上がる(干出する)ことによって酸素が底質の中に吸い込まれていくということである。
したがって内湾は、干潟の面積がどれだけあるかということが、好気圏がどれくらい広いかにつながる。
しかし今は、埋め立てによって干潟が失われ、干上がらない所が広がっている。そういうところは酸素を吸い込むことができないので嫌気状態になりやすい。
■自然をよく知らない
写真は、“自然にやさしい階段調護岸”(自然海岸をつぶしてつくられたコンクリート護岸)である。
どうしてこんなものがつくられるかというと、工学肌の人が自然のことをよく知らないということと関連する。それはさらに、子どもの頃に海岸を見せるということが日本ではまったく行われていないことに起因する。だから、良かろうと思ってこういうものがつくられるし、自然を知らない人は自然に親しめるいい海岸だと思ってしまう。
■三番瀬の人工干潟化は間違っている
三番瀬は、東京湾を代表する生物が力強く生き残っている。かつて生息していた生物で、失われたものもいるが、残っているものも多い。東京湾の濾過装置の役割を果たしているカキ礁も存在する。東京湾を再生する際は、こういうのが原資となる。そこを人工干潟(人工海浜)にするというのは、大事な場所を埋め立てるということであり、そういう発想は間違っている。
大事なことは、本来の自然の価値を見直すということだ。そういう大事なホットスポットは改変すべきでない。
(文責・千葉県自然保護連合事務局)
「すばらしき泥! 泥干潟」と題した講演会
加藤真・京都大学教授
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